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友の頬を叩け

 



「ほう。イミティア・ベルベットとな」


「はい。何か褒美……とあらば、彼女との取り次ぎをお願い致したく」



 ……何故だ。

 ガディウスの頭にはごくありふれた疑問が浮かび上がった。

 髭をひと撫でし、ガディウスは問いかける。



「何故だ。その様子であらば彼女と旧知の仲という訳でもあるまい」


「……イミティア・ベルベットは旅商団キャラバンを率いる頭領でありながら、優秀な魔法士であると聞き及んでおります。こと解呪に関しては右に出るものはいない、とも」


「……要領を得ない。其方は呪いにかけられていると言いたいのか」


「その可能性がある、という事にございます」



 ガディウスは素直に驚いた。

 呪いに掛けられているのであれば早く言ってくれれば良いものを。

 彼の脳裏に、ちらりと魔女の影がちらついた。



「それは……、大丈夫なのか」


「今のところはなにも」


「……そうか。であるならばイミティアに診てもらわずとも宮廷魔法士の何れかに診て貰えば良い。腕があるのはこの私が保証しよう。無論対価は要らぬ、どうだ?」



 ガディウスの提案に、しかしセレティナは首を横に振った。

 その決断には何の迷いもない。

 ガディウスはセレティナのその様子に僅かに目を細めた。



「……何故断る。イミティアで無ければならない理由でもあるのか」


「……はい。その通りにございます」


「……ではその理由を申してみよ」



 セレティナは口を開き……しかし鯉が空気を求める様に何度かぱくぱくとさせると首を横に振り、口を噤んだ。



「申し訳ありません……。今の私にそれを申し上げる事は……」



 きゅっ、とセレティナの小さな拳に力が入ったのをガディウスは見逃さなかった。

 その様子はまるで叱られている最中の子供の様で、セレティナの体は小さく小さく縮こまっていく。


 セレティナがイミティアに会いたい理由。

 信頼の置けるイミティアにしか紋様を見せたくない理由。

 それは、話せない。

 何故ならそれを話すという事は、自身がオルトゥスであると打ち明ける事と同義だからだ。


 セレティナは王に嘘を吐けない。

 しかし自分がオルトゥスである事も告げたくなかった。いや、告げるつもりは現状では一欠片も無い。

 それは予てより、彼女が胸の内に秘めていた覚悟と誓約。


 信じてもらえるかは置いておいて、セレティナがオルトゥスであると知ったガディウスはきっとセレティナを側に置くだろう。

 そんな容姿になりおってと、肩を叩いて笑ってくれるかもしれない。


 そうなればセレティナは夢の続きを見ることが出来る。

 再び王の騎士として、ガディウスを守護する盾となれるだろう。

 面倒な手続きや武勲を上げなくとも、王の強権を用いれば彼の側に侍る事ができるのだから。




 ……しかしセレティナはそれを望まない。




 自分がオルトゥスだと打ち明けて王の騎士になれたとしても、それはオルトゥスのお陰であるからだ。


 セレティナは、まだ何も成していない。


 セレティナは、あくまでもセレティナとして王の側に仕えたいという願いがある。

 彼女の中に於いてオルトゥスとは今や経験と知識に過ぎないのだから。


 セレティナは、オルトゥスに頼るつもりは無い。

 セレティナの剣で勲を上げ、セレティナの剣で道を切り開く。


 他の誰でも無い、セレティナがいつか王の横に控えられる存在になれると信じて。


 それは彼女にとって細やかで、しかし真っ直ぐに芯の通った強固な願いだった。






 ガディウスは言い澱むセレティナに疑問は浮かべど、猜疑心が湧き上がる事は不思議と無かった。

 あの少女らしい娘のエリアノールが言葉を濁す時の仕草にとても似ていたからだろうか。

 ガディウスは不思議とセレティナを信じていたくなるらしい。


 ガディウスは手放しに、ただ直感的にセレティナに信頼を寄せている自分自身に苦笑した。

 くつくつと喉を鳴らすガディウスに、セレティナはより一層目を白黒させてしまう。



「良い、何か訳ありなのであろう」


「あっ、ありがとう、存じますっ」


「しかしだ。イミティアは私が来いと言っても来る様な女ではない」


「……それはどういう事でしょうか」


「嫌われているのだ、イミティアにな」



 ガディウスはそう言うと困った様に眉を曲げて笑った。



「き、嫌われている……?イミティアが?なぜ陛下の事を……」



 セレティナは分からない。

 イミティアとガディウスは知った仲であった筈だ。むしろその仲は良好であったと言える。

 イミティアは何度もエリュゴール王国に足を運んでは必要以上に王宮に顔を出していたのだから。


 ……しかしセレティナはイミティアが会いにきていたのはガディウスでは無く、オルトゥスであるという事を理解はできていない。



「私がかの英雄オルトゥスを死地に送り出し、彼の尊い命を散らしてしまったことをイミティアは嘆き、激昂した。オルトゥスとイミティアは仲が良かった……許してもらうつもりは無い。戦争なのだから死ぬのは当然だと大人の醜い言い訳をするつもりもない。……イミティアは、いや、ベルベット大旅商団(キャラバン)は災禍以来王国に来る事は無くなってな。我が国の財政、食糧難を苦しめる一つの要因ともなっておるのだ」



 ガディウスはゆっくりと息を溜め、大きく息を吐いた。

 その溜息にどれだけの感情が込められているのだろう。


 セレティナは頭を殴られた様な衝撃に言葉を失い、ただ立ち尽くした。

 様々な感情と思いが、ぐちゃぐちゃと脳の中を駆け回った。



 イミティアは、私の死を嘆いてくれている。

 明るく、暖色な感情が渦巻いた。


 陛下は自分やイミティアに対して心を砕いておられる。

 鉛色の空の様な感情が、どっしりと胃の腑に落ちた。


 イミティアは当てつけに、まるで拗ねた子供の様にこの王国を、王を困らせている。

 ……なにやっているんだあいつは。



 セレティナは記憶の中にあるイミティアの広いでこっぱちを指で弾き飛ばしたい衝動に駆られてしまう。


 ふつふつと、軽快な怒りが湧いてくる。


 セレティナは、ひとつ覚悟を決めた。

 イミティアを、嘗ての友人を一発引っ叩いてくれよう、と。

 野蛮な決意。

 しかしセレティナの口角は僅かに上がっている。



「陛下。やはり私はイミティア・ベルベットに会おうと思います。その為にどうかご尽力ください」


「ほう、私の話を聞いていなかった……とは思えないが?」



 セレティナは頷き、ガディウスの翡翠の瞳をしっかりと力強く見据えた。



「私が、ベルベット大旅商団(キャラバン)とエリュゴール王国の橋渡しをしてみせます。この言葉を違える事は、約束の神スォームに誓って有り得ません」



 セレティナははっきりとそう進言した。

 その言葉の端々には、エネルギーが満ち満ちている。



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