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問題児たち

 




「なぁ、お前よもや王族に失礼を働いてたりしないよな」



 長く続く石畳の廊下。

 イェーニスは背負う妹の重みと体温を感じながら、問うた。


 いつもは割と飄々としている兄のそれとなく棘のある言の葉にセレティナは目を丸くしてしまう。



「その様な事しませんよ。王族に礼を欠くなどあり得ません……多分」


「多分ってなんだよ多分って。心労が祟るこっちの身にもなってみろってんだ」



 そう言ってイェーニスは大きな溜息をひとつ吐いた。

 なんだか疲れた様子の兄の姿にセレティナは思いがけず疑問が浮かんだ。



「あの……何かあったんですか」


「あぁ、あったさ、あったともさ。聞きたいか、いや聞いてくれるよな」


「いや……やっぱり良いです」


「聞けよ。お前意外と薄情なとこあるよな」



 セレティナは平和なやりとりが心地よくて穏やかに笑った。



「なに笑ってんだ。あのなぁお前が倒れてから大変だったんだぞこっちは」


「へぇ」


「まずうちの衛兵のケッパー。あの野郎例の事件の日にあろう事かウェリアス王子と口喧嘩になっちまって。王子は今となっちゃそのことに対してなんとも思われてないみたいだが、結構な噛みつき具合でよ」


「ケッパーさんが?何故その様な事を」


「お前がケッパーに退くように指示しただろう?それに従ったケッパーを王子が酷く非難しちまって。まあ当たり前だよな、お前の剣を間近で見る機会でも無ければ男が女を捨て置いたみたいに見えるし」


「……成る程。まあそれは何というか、仕方ないかもしれませんね。お二人ともお優しい人ですから」



 そう言ってセレティナは眉根を顰めた。


 自分のせいで喧嘩しなくとも良い二人がかち合ってしまった。

 それは誰あろう自身の責任だ。


 セレティナは後にケッパーとウェリアス、両方に謝罪を入れる事を心の中で固く決めた。



「この三日間また噛み付くかもしれねぇと思って気が気じゃなかったぜ。そんで俺を悩ませる問題児その二、父上だ」



 それはセレティナにとって意外だった。

 まさかあの父がイェーニスの頭を悩ませるなど。


「父上が?既に先んじて領地に帰ったのでは?」


「ああそうさ。誰が父上のケツを引っ叩いて領地に返したと思ってる。あの人アルデライト領に山盛り仕事が溜まってるくせに母上やセレティナが完治するまで王都を離れないって駄々こねまくってよう」


「ふふ……。それはお父様らしいかもしれませんね」


「らしくちゃ困る。あろう事か陛下に泣きついたんだぜあの髭熊。仕事を王都でも熟せるように手配できませんかってよ」


「それは……うわぁ……」


「思わず血の気が引いたぜ。ケッパーの次は父上かよってな。アルデライト家の人間は王族に喧嘩売るのが仕事らしい、なんて囁かれかねねぇよマジで……。流石にケツ引っ叩いて馬車に押し込んでやったけどな」



 イェーニスは鬱々と語り終えると特大の溜息を吐いた。


 ……なるほど。

 セレティナの中で、先の自分に投げかけられた質問の真意に合点がいった。

 もしセレティナが王族に喧嘩でも売ってれば問題児その三に仲間入りだ。


 セレティナはイェーニスの気苦労を悟り、彼女までなんだか遣る瀬無い気分になってしまった。



「……お兄様、お疲れ様です」


「……おうよ」



 そんなこんなで話していると目的の部屋は目の前だった。

 扉の前で構えている衛兵……ケッパーは二人に気づくと目を爛々と輝かせた。



「イェーニス様!それにセレティナ様!!!快復なされたのですね!このケッパー心配しておりました……!よくぞご無事で……!」


「よう問題児その一」


「は、もんだ……その一?」


「こっちの話だ。しっかり警備しとけよ」



 イェーニスはそう言ってケッパーを恨めしげに睨んだ。

 セレティナはそんな兄にクスクスと笑ってしまう。



「ケッパーさんご心配お掛けしました。私はこの通り……兄には背負われておりますがお陰様で元気になりました。それよりお母様はこちらの中に?」


「はいっ!メリア様なら中におられます!」


「それでは中に入らせてもらいますね。警備ご苦労様です」


「セレティナ様から労いの言葉など、勿体ない……!」


「あ、それと」


「はいっ」


「私のせいでウェリアス王子と口論になってしまわれたみたいで……本当に申し訳ありません。王子には私から謝罪しておきます。ですがケッパーさんは私の言いつけをきちんと守ったのですから、正しい事をしたのですよ」


「セ、セレティナ様……!」



 セレティナが、微笑んだ。

 ケッパーにはその様子が、まるで絵画の中の慈母の様にさえみえてしまう。

 ケッパーは感激のあまり、目頭の奥にじんと熱が溜まった。



「ですが」


「は、はいっ」


「王子と喧嘩しちゃ駄目ですよ」


「り、了解いたしまひ、いたしみゃした!」



 微笑むセレティナにケッパーは上がりっぱなしだった。

 三日ぶりの主人はやはり気高く美しい。

 ケッパーは自分が噛んでいる事など秒で忘れて、ただセレティナに敬意を示すばかりであった。



「それでは参りましょうかお兄様。ケッパーさん引き続き警備をお願いしますね」


「頼んだぞ問題児その一」



 イェーニスはそう言ってケッパーの脛当てを蹴った。

 ……案外この二人は仲が良いのかもしれない。

 セレティナは心中でそう思うと、やはりクスクスと笑ってしまう。


 ケッパーの手によって、扉が開かれた。


 ふわりと、風が吹き抜ける。


 懐かしい匂い。


 セレティナは、思いがけず目を細めた。


 ペレタの香料。

 母が好む香りが鼻腔を擽った。


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