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重なる

 



 セレティナとロギンス。


 相対する二人の距離は、十分に離れている。

 しかし、それでもセレティナの視界にはロギンスは山の様に高く大きく聳えている。


 セレティナの身長は百五十センチ半ば程。

 対するロギンスは二メートル強の背丈があるのだ。


 二人が横に並べば凡そ小人と巨人程度の体躯の開きが見て取れるだろう。


 セレティナはひゅうと息を吸い込むと、冷たい空気を体に馴染ませていく。

 そうして、ゆっくりと鞘から宝剣を引き抜いた。

 そこに、重みは感じられない。

 しかし確かな手応えは返ってくる。

 不思議な感覚だ。

 羽のように軽い癖に、剣士が必要とするだけの重みを錯覚する。


 セレティナは淡く日光を照り返す刀身をきらりと煌めかせ、静かに宝剣を正眼に構えた。

 静かに、それでいて流れる様な所作だ。


 左手の小指と薬指で柄を支え、軽く添える程度に他の指で柄を握りこむ。

 剣先は、ピタリとロギンスの頭を狙って離しはしない。



「参ります」



 セレティナの美しい声が開戦を告げる。

 巨剣を構えるロギンスの体がぐ、と引き締まった。


 セレティナが二もなく駆け出した。

 駆けながら、彼女の群青色の瞳はロギンスの僅かな所作のひとつひとつに睨みを利かせている。

 しかしロギンスの構えひとつ、呼吸ひとつとっても僅かな隙も無い事は明白だった。

 十四年振りに剣を交える小僧の動きは、その立ち居姿は、余りにも堂に入っている。


 全身鎧に翡翠の外套という英雄オルトゥスの姿を取っても、ロギンスはその姿に見劣りしないだけのものがある。


 ともすれば、今にも雪崩が起きそうな聳え立つ氷山。

 セレティナは心中でロギンスの事をそう評した。


 迫れば迫る程に、ロギンスの強大な存在感が心を切迫していく。


 セレティナは細く、そして鋭く息を吐き出した。

 地を蹴り、少女が空を舞う。

 宝剣『エリュティニアス』を高く、高く掲げ、そして一閃。

 眼前に映るロギンスの頭に叩きこんだ。


 しかし。

 甲高い剣戟の悲鳴が、その攻撃が失敗に終わった事を如実に証明する。


 ロギンスの操る『ゲートバーナー』が、セレティナの『エリュティニアス』の行方を阻んでいた。


 セレティナは巨剣の峰を蹴って空で体を翻すと、ひらりと芝の上に着地した。


 ……軽い。

 セレティナは自分の身のこなしに驚いている。

 思いがけず、自身の掌を確かめる様に閉じては開いてを繰り返していた。


 その様子にロギンスは肩を竦めて問うた。



「調子はどうですか」


「……最高、みたいです」


「それは上々」



 ピュッ!


 気づけばセレティナは宝剣を鋭く振っていた。

 体から沸き立つ高揚感が、抑えられない。



「それでは行きます」


「いつでもどうぞ」



 セレティナが再び駆ける。

 軽い。

 軽やかだ。

 まるで体が綿毛にでもなったかの様に軽い。


 お互いの間合いに踏み込む。

 それと同時。

 セレティナの宝剣が、嘶いた。


 一合、再び甲高い音が鳴り響いた。


 ……鋭い。

 セレティナの一撃を巨剣で捌きながら、ロギンスは彼女の一振りを、その所作を評していく。


 鋭くて、速い。


 二撃、三撃とセレティナの神域に踏み込んだ剣の追撃を、ロギンスの驚異的な反射速度と剣腕が鮮やかに捌いた。

 そして捌いた側から、次の一撃が待っている。


 速い。

 その一撃は既にロギンスの喉元まで迫っていた。



「むぅっ……!」



 ロギンスは堪らず呻き、セレティナの剣を拒否する形で強引に巨剣で弾き返した。

 セレティナはその力に敢えて反発せず、弾き返されるままに芝の上を転がった。

 そしてその流れを殺さぬまま、転がりながら身を起こして宝剣を構えるのだ。


 力比べをしない事。

 これは、セレティナが剣士として生きる生命線。

 僅かでも力押ししようと思えばそこは彼女にとって最も不利な土俵なのだから。


 セレティナは弾く様に身を起こすと、ロギンスに再び迫っていく。


 軽い。

 自分の意識より更に先に体が前につんのめっていく。


 楽しい。

 自分の想定の更に上を行くパフォーマンスに、彼女自身が驚きと興奮に満ちていた。


 そうしてセレティナは、全力でロギンスに剣を叩き込んで行く。

 自分の全力の剣が捌かれるというのもまた、英雄オルトゥスであった彼女にとってはまた新鮮な気持ちが溢れてくる。


 セレティナは剣を振るいながらも、その口角が上がっていくのを己の内に感じていた。




 対するロギンスは、奇妙な感覚に囚われていた。

 セレティナの一撃を捌きながら、彼の心には言うに言われぬ懐かしさがこみ上げてくる。


 何故だ。


 宝剣の剣先が、春一番の様な荒々しさと軽快さを持って肩口に迫る。

 それを払いのける様に、ロギンスの『ゲートバーナー』が弾いた。

 視界に映るセレティナは、なんとなしに笑みを浮かべている様にも見える。


 何故だ。


 その笑顔に、その身のこなしにロギンスは懐かしさを覚えずにはいられない。

 彼の体は、知っている。

 彼の体には、刻み込まれている。

 英雄オルトゥスが振るう剣を、その笑顔を。


 セレティナの善悪を確かめるつもりでいた。

 その為に、修練場に呼び出した。

 彼女の剣が、悪の気配があるのかを見極める為に。


 だがしかし。

 セレティナの剣には、セレティナの立ち振る舞いには、どこかオルトゥスの影が重なって彼には見えてしまう。


 何故だ。


 気づけば、ロギンスは宝剣『エリュティニアス』を弾き飛ばしていた。

 くるくると空で宝剣が舞い、遠く離れた芝の上にそれが突き立った。


 セレティナは、ふうふうと汗をかきながら笑っている。


 その笑顔は、やはりオルトゥスに似て---









「何をしている!」




 その声が、修練場に響き渡った。

 そちらを見れば第二王子のウェリアスが、青褪めた表情でこちらを見ていた。


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