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神閃の理由

 




 修練場と言えど、今は騎士の姿は見受けられない。

 何もない芝の空間に打ち込み用の丸太が何本か突き立っているだけだった。


 セレティナは芝を踏みしめながら、懐かしい気持ちに駆られていた。

 この修練場には何度も足を運んだ事がある。


 前世、この城に身を置いていた時は王の供回りか宿舎、若しくはこの修練場で暇を潰しているかの何れかであった。

 横髪を耳に引っ掛け、目を細めるセレティナに対して、ロギンスは頭鎧の下から彼女に対しての観察の目を緩める事は無い。


 ロギンスがセレティナをここに連れてきた理由はいくつかある。

 一つ目は、魔女の置き土産であろう呪印とも呼ぶべきものの効果を確かめておきたかったから。

 どんなびっくり人間だとて、三日も昏睡していて起きた途端に快調などあり得る事では無い。

 何か驚異的なものを仕込まれているならば、見極める必要がある。


 二つ目は、セレティナの剣を知りたかったから。

 剣は人の心を写す鏡の様なもの。

 剣筋を垣間見る事が出来れば、その人となりを彼は見極める事ができる。

 善なるものか、邪なるものなのかさえ。

 まあ、剣を見れば人の心が分かるといった技術は彼の師であるオルトゥスの受け売りなのだが。


 ロギンスは、疑っている。

 セレティナの存在のその全てを。

 だから。



「……確かめさせてもらおう」



 小娘と戯れに剣を切り結ぶつもりなど、毛頭ない。

 ロギンスの切れ長な目は一切の油断も隙も無く、セレティナの一挙一動を確かめていた。




 ……対するセレティナといえば。


 すごい見られてるなぁ、ロギンスって面食いだった節もあったしな。

 と、呑気に師匠面なのだ。

 その笑顔の裏には、早くロギンスの成長と自分の快調を実感したい、と思うばかりなのである。



 くるりとロギンスが振り返ると、そこいらに立て掛けてあった木剣をいくつか見繕った。



「獲物はこちらで宜しいですかな?少々汗苦しい代物ではありますが」



 ロギンスから突き出された小さな木剣。

 セレティナは優雅に微笑んでそれを制した。



「出来ればこちらを使いたく存じます」



 セレティナは腰に差した宝剣『エリュティニアス』の柄をさすってみせた。



「実剣を?しかしそれでは……」


「それでは怪我をするかもしれません!危ないですわ!」



 ロギンスの言葉に続いたのはエリアノールだった。

 兎が跳ねる様に、エリアノールはハラハラとした面持ちで主張を重ねていく。



「木剣じゃ駄目なんですの?実剣じゃ駄目な事なんて」


「いえ、実剣じゃなきゃ……というよりはこれじゃないと駄目なんです」



 セレティナは困った様に笑ってみせた。



「それってどういう事なんですの?」



 小首を傾げるエリアノール。

 セレティナは肩を竦めてみせると、腰に差したそれを鞘から引き抜いた。

 妖しく光る刀身。

 セレティナは決して姫に怪我が無いように、慎重にそれをエリアノールの柔らかな手に握らせた。


 そうすると、エリアノールの目が驚愕に染まる。

 彼女の握るそれから、全く重みが感じられない。



「か、軽い……いや、軽すぎますわ……なんですのこの剣……」



 宝剣『エリュティニアス』

 その剣は、軽い。

 木剣よりも遥かに軽いのだ。


 巨剣『ゲートバーナー』が全ての魔を切り裂く事が出来るように、宝剣『エリュティニアス』は万物を凌駕する切れ味と異常な軽さを体現する効果を得ている。


 まるで厚紙の剣でも振るう様に、華奢なエリアノールはその剣を自在に上下させてみせた。



「私が木剣を振るえない理由はこれです。私の細腕では、十全に木剣を振るう事ができないのです」



 そう語るセレティナに、エリアノールの瞳が見開かれた。

 確かにセレティナの白い腕はほっそりとしている。

 戦や剣を知らぬ自分の腕と、そう大差無い程華奢なのだ。

 さりとてあれ程魔物と立ち回れるセレティナが、自分か若しくはそれ以上に非力な事に驚愕の色を隠せない。


 驚いたのはロギンスとて同じ事だった。


 木剣を振るえない。

 しかし『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』と渡り合うだけの実力は得ている。


 ならば、セレティナの剣腕はどこで鍛えられたものだというのか。


 ロギンスの背に、ひやりとしたものが走った。


 戦士の強さを裏付けるのは、弛まぬ修練とそれを熟すだけの経験を積み重ねる事に限る。

 木剣を振るえない。

 木剣を振るう事の出来る腕力が無い。

 凡そ公爵令嬢の身である事から実戦経験も無かった筈だ。

 ならばその剣をどこで鍛えたというのだ。


 幾らあのメリアの娘と言えど。


 ロギンスの中で、セレティナへの警戒は更に高まっていく。


 目の前に映る美しい少女が、あの魔女の姿と重なって見えてしまう。


 ロギンスはじっとりとした手汗をかいた掌で、背に担いだ『ゲートバーナー』をゆっくりと引き抜いた。



「……ではこうしましょう。仕合は実剣による実戦形式としましょう。しかしながら、公爵家のご令嬢に傷をつけるわけにはいきませんので、私からの攻撃は無しとします」



 よろしいですね?

 ロギンスはゆっくりと『ゲートバーナー』を弄びながら、セレティナに先を促した。


 対するセレティナは、笑う。



「あら、いいんですか?そんなサービスをしてもらっても」


「構いませんよ。王国騎士団長が公爵家の娘に戯れでも実剣で攻撃したとあれば事ですからね」


「そうですか。お気遣い感謝します」



 真似っこのひよっこが言うようになりおって。

 腰を折るセレティナは伏せた顔に獰猛な笑みを貼り付けた。


 なんとか一泡吹かせてやろう。


 優雅な公爵令嬢の内心は、そんな野蛮なものであった。




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