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快調

 



「あれ……本当ですわ……なんでしょうこれは……」


「えっ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」



 セレティナがエリアノールから手鏡を受け取り、翳して見ればやはりその紋章が首筋に浮かんでいた。


 薔薇のシルエットに蛇が絡みついている紋章。

 それはセレティナもエリアノールも見た事が無い紋章だった。



「……おかしいですわね。昨晩のセレティナさんの首筋にはこの様なものはなかったはずですが」


「私も刺青を彫った記憶はありません……。何でしょうこれは……。ロギンス……さん、この紋章に見覚えはありますか?」



 セレティナの問いに、ロギンスは僅かに逡巡する。

 その紋章は見たことも聞いたことも無い。

 しかし彼にはそれが『黒白の魔女』がセレティナに刻みつけたものだという事は、分かっている。

 その刻まれた場所は、魔女がキスを落とした場所と相違ないのだから。


 しかしロギンスは僅かな時間を置いて、首を横に振った。



「いえ。私の記憶にもその紋は見覚えが無いですね。しかし……」


「ええ。何か不吉な感じがします……」



 そう言って首筋を摩るセレティナに、エリアノールはしかし反論する。



「でもでも体調は不思議なくらいにバッチリなのでしょう?不吉とはまた違うものなのではなくて?例えば、神様がセレティナさんを加護する為の紋章とか……」


「……それならいいんですけどね」



 セレティナは苦笑した。



「セレティナ嬢、本当にその紋章には記憶が無いのですね?」


「え?ええ。確かに覚えは無いですね……」


「そうですか、では例えば……」



 ロギンスの視線が、真っ直ぐにセレティナを射抜く。



「不吉の象徴……魔女に関わりがあるもの、とか」


「……魔女……?」



 セレティナの精神が、僅かに揺れる。

 魔女。『黒白の魔女』。

 奴がセレティナに何かをしたと考えるなら、確かに合点は行く。

 いや、そもその可能性に気づかない方がおかしかった。


 置き土産。

 魔女は、セレティナの身に何かを刻み残していった。

 それを思うだけでセレティナの血の気が引いた。

 首筋に触れる細指が、振れている。



「…………」



 考え込むセレティナを、ロギンスは少しの所作も見落とさぬ様に観察した。

 セレティナは沈痛な面持ちで、何事かをぶつぶつと呟いている。



「…………」



 魔女のワードを出した途端、セレティナの表情が翳った……という事はやはり、セレティナは『黒白の魔女』……若しくは何らかの魔女と関わりがある。

 それが悪しきものなのか、善なる心の揺らめきなのか、ロギンスには分からないが、それでも彼の心中ではセレティナと魔女が繋がっているという事は決定的になった。


 ……確かめねば。

 セレティナがこの国に仇成す者か、そうでは無いのか。

 ロギンスの体が、一瞬強張った。



「セレティナ嬢、良ければ確かめてみませんか」


「え?」


「実際に体を動かしてみるのです。貴女の快調がその紋章が齎しているのであれば実際に動いてみて、確かめるのが宜しいでしょう。収穫が無ければそれもまた良し」


「……なるほど?しかし良いのですか。王国騎士がその様に安易に剣を振るうなど」


「なに構いませんよ。それに、俺はどうやら貴方の剣に興味があるらしい」


「それは口説き文句ですか?」


「まさか」



 ロギンスの提案に、セレティナの口角が僅かに上がる。


 エリアノールが一人だけ、置いてけぼりを食らって小首を傾げた。



「……えと、何をするつもりですの?」



 エリアノールの言葉に、ロギンスは頭鎧ヘルムの下で野性味のある笑みを浮かべた。



「少しセレティナ嬢と仕合を、ね」


「え?」



 エリアノールの何オクターブか高い呆けた声が、その部屋に響いた。







 *








 部屋を出て、ロギンスの広い背中を追って長い廊下を抜けていく。


 セレティナは沸き立つ高揚を抑えられずに居た。

 その足取りは軽く、腰に差した宝剣『エリュティニアス』もどことなくて軽やかに感じられる。


 セレティナは深く空気を吸い込んだ。

 滑らかで、ひやりとした春の匂いが鼻腔を滑り降りていく。


 何故だろう。

 セレティナは指を開いては閉じてを繰り返し、自分の掌を眺めてみた。


 快調なのだ。

 彼女自身がその身の冴えに驚く程度には。


 憑き物が落ちた、と表現するのが正しいのかもしれない。

 全身を覆う殻が破れたように、彼女の視界は開けている。


 その首の紋章が、この快調が、『黒白の魔女』……ディセントラが残したものであればかの魔女を憎むセレティナにとっては相当な屈辱なものだ。


 しかし。


 セレティナは群青色の瞳を見開いた。

 彼女は一人の戦士として、この沸き立つ力を振るってみたくて仕方がない。



「……大丈夫ですの?セレティナさん。三日三晩寝たきりだったんですのよ貴方……」



 セレティナの半歩後ろを行くエリアノールのくぐもった声が、心配そうに廊下に響いた。

 セレティナは朗らかに微笑んで



「大丈夫ですよエリアノール様。私とてこの想像を絶する快調ぶりに驚いていますから、自分の体を確かめたくてうずうずしてるんです」


「しかし」


「それに私も彼の振るう剣がどれ程のものであるのか、興味が尽きないのです」



 十四年。

 どれだけあのひよっこが成長しているのか、ね。


 セレティナの顔にも、野生的な笑みが泡の様に浮かび上がる。



 前を行くロギンスの歩みは、どっしりとしたものだ。


 王国騎士団長、公爵令嬢、第一王女の三名はやがて中庭を抜け、城の離れにある騎士の修練場に到着した。



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― 新着の感想 ―
冒頭の気絶が見る影もないんだが
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