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起床

 




「何をしていたのですかエリアノール様」


「いやちょっと熱を!おでことおでこをくっつけて熱を計ろうとしていただけですわ!」



 後頭部に大きな瘤を作ったエリアノールは、真っ赤になって捲し立てた。

 そんな姫が可笑しくて、セレティナは苦笑してしまう。



「もう!変なタイミングで起きないでくださいまし!人がどれだけ心配したかも知らないで!」


「申し訳ありません姫様……。ですが、誓いは果たせましたよ」


「果たして誓いを違えなかったと言えるのかしら!瀕死寸前で救われて、三日も眠りこけていたのですから」



 ぷぅ、と頬を膨らませてぷりぷりしているエリアノールはそれでも喜色を隠しきれてはいない。



「ふふ。エリアノール様はいつもお元気ですね」


「元気も元気ですわ!お兄様達にはいつもお前は元気だけが取り柄だ、と言われてしまうのが癪ですが……」


「エリアノール様らしくて素敵だと私は思います」


「それは褒めているのかしら」


「勿論」



 セレティナは王族仕えの侍女達に着せ替えられながら、朗らかに微笑んだ。

 これだけ騒いでも来ないのだから、エルイットはどうやら別室にて眠っているらしい。



「そんな事より、お加減はどうなのですか?三日も眠っていたのですから……」


「ええ、不思議な事に快調も快調です。まるで羽でも生えたかのように」


「嘘仰いな。そんな事があるわけがありませんもの」


「では、ちょっと見ててください」


「え?」



 着せ替えが終わり、菫色のドレスを纏ったセレティナは近くの腰掛けに立て掛けてあった宝剣『エリュティニアス』を徐に手に取った。


 そして、鞘から一気に引き抜いて妖しく光る刀身を露わにする。


 ピュッ!


 セレティナはその感触を確かめるように宝剣を振るった。

 三日振りに握るとは思えない、馴染んだ感触が彼女の掌を伝う。



「……うん」



 セレティナは日光を銀色に照り返す刀身を見て、僅かに笑う。まるで愛し子を見つめる様に。

 そして、ベッド脇のサイドテーブルに山と積まれたフルーツの中から林檎を一つ適当に選び取ると、真上に放り投げた。


 スゥーーーー………。


 目を閉じ、深く空気を吸い込んだ。

 暖かな空気が、セレティナの肺に滑り降りる。


 意識の集中。

 素人のエリアノールでも、それは理解できる。

 セレティナが何をしようとしているのか……それは分からないが、エリアノールはセレティナの纏う硬質な雰囲気に思いがけずゴクリと喉を鳴らした。


 林檎が最高点に達し、落下を始める頃にセレティナの深い呼吸がぴたりと止まり、ゆっくりと瞼が開かれる。


 ぐ、と鞘が力強く握られた。


 その瞬間。

 セレティナの目前に幾重もの閃光が煌めいた。


 いや……それは閃光ではない。

 それは、セレティナが見せた剣の閃き。


 エリアノールの瞳にはセレティナが何をしたのか、まるで理解できない。

 まるで映像を齣飛ばししたかの様に、セレティナの体が横ブレし、林檎がいつの間にか空で八つに輪切りにされていた。


 分解された林檎の輪切りが、空を舞う。


 セレティナの宝剣が、地と平行についと出た。


 すると、輪切りにされた林檎がまるで意思を持ち整列する様に、『エリュティニアス』の峰に落ちて列を成した。


 まさに神業。

 一流の曲芸師でも、これを体現するのは不可能に近い。

 凡そ三日三晩も寝込んだ人間の為せる業では無いだろう。



「……ね?」



 神業を体現したセレティナはおずおずと言った感じでエリアノールを垣間見た。



「す……凄いですわ……凄いですわーー!!」



 エリアノールは、堪らず拍手した。

 惜しみのない拍手だ。

 釣られてこれを見ていた侍女達も拍手してしまう。


 思いがけない拍手喝采にセレティナははにかみ、曲芸師がそうする様に胸に手を当ててお辞儀してみせた。



「……あ、ありがとうございます」


「セレティナさん!貴女はやっぱり凄い人ですわ!凄い!凄い凄い凄ーーい!!」



 まるで童女だ。

 目をキラキラさせて喜ぶエリアノールに、セレティナはまるで娘を持つ親の様な心境にさえなった。

 セレティナはわしわしと頭を撫でつけたい衝動を抑え込み、



「そ、それよりも私が健康である事は証明できた訳ですから自由に動いても良いでしょう?出来れば家族の顔を見に行きたいのですが……」


「あっ!そうでしたわね!私ったらセレティナさんが起きた事ばかり頭にあって……申し訳ありませんわ……でもでも安心してくださいませ!皆様お元気ですから!」


「お母様は酷い怪我をしていたと思うのですが……」


「一時期は本当に危ないところでしたが、今は山を超えて安定期に入っております。しばらく安静にしていれば大丈夫だと、お医者様が行っておりました」


「そうですか……それは良かった」



 セレティナの心が僅かに緩んだ。

 母を失わずに済んだのだ。

 ……早く母の無事なお顔が見たい。


 セレティナはほうと息をついた。


 ……しかし。

 セレティナの中に一つ疑問が浮かび上がる。


 ……しかし、ではセレティナが倒れた後に『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』を討ったのは誰だ?


 メリアも倒れ、セレティナも倒れた。

 あの場にはアルデライト親子を超える戦士は居なかったはず。

 誰か、増援が駆けつけたのか。



「エリアノール様、良ければ私が倒れた後の事を教えてくれませんか?あの魔物を倒したのは一体……」



 そう言って。

 セレティナの背後から大きな影が落ちた。


 振り向けば、黒の全身鎧フルプレートに身を包んだ偉丈夫の騎士。



「『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』を討ったのは私です。お初にお目に掛かりますセレティナ嬢。お元気そうで何より」



 ロギンスが、セレティナに硬く傅いた。


 師匠オルトゥス弟子ロギンス、二人の視線が絡み合った。

 これが二人の、今生で初の邂逅となった。



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― 新着の感想 ―
魔女に何かされたな? 健康されたのか……、されちまったのか……。
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