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疑惑

 



 *




「『黒白の魔女』だと……。それは本当なのかロギンス」



 王の言葉に、ロギンスは頷いた。



「ええ、奴は自分でそう言っていました。自分が『黒白の魔女』である、と」



 その場に、緊張が走る。


 ダンスホールを離れたこの部屋にはウェリアス、ディオス、そしてロギンスとガディウスの四人しかいない。

 人払いをし、部屋の扉には誰にも覗かれぬ様に衛兵を立ててある。


 それでも王子二人とガディウスは、辺りを見回した。


『黒白の魔女』の出現とあっては、国そのものの存在が危うい。

 否が応でも三人は誰にも聞かれぬように周りを警戒してしまう。



「……確証はあるのか?」



 ディオスは眉を顰めた。



「私はその場で魔女を拘束ないしは殺そうと試みたのですがね。ものの見事に捩じ伏せられましたよ」


「王国……いや、大陸に於いても随一の剣腕のあるお前でもか」


「あれは人の身で勝てるのか、疑問なところですね」



 ロギンスは肩を竦めてみせた。



「魔女の出現は確定としましょう。では魔女は何が目的でこの場に?」


「……欲しいものが、あったのでしょう」


「欲しいもの?」


「魔女はこう言ってました。私は欲しいものの為にしか動かない、と」


「……魔女が欲しいものとは?」


「……恐らく、セレティナ嬢でしょう」


「……セレティナだと?どういう事ですか」



 ウェリアスはそう言って紅茶のカップを置いた。

 何故、彼女が?

 ウェリアスの心が、ざわざわと落ち着きを失い始めた。



「……詳しい事は分かりません。ですが魔女はセレティナと愛し合う仲であると嘯いていました」


「……馬鹿な」


「陛下。恐れながら具申します」



 ロギンスはそう言って、ガディウスに居直った。

 ガディウスは髭を撫で付けた。

 ロギンスが何が言いたいか、なんとなく彼には分かっている。



「……申してみよ」


「セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライトは『黒白の魔女』と繋がっている可能性がございます。彼女が起き次第監禁し、情報を洗いざらい吐かせる必要があるかと」


「ロギンス!」



 ウェリアスは堪らず立ち上がった。



「彼女はお前が来るまで命を賭して戦っていたのでしょう!セレティナが白である事は明白だ!」


「王子」


「見なかったのかお前は、ボロボロのセレティナを!彼女の母親も重体なんですよ!これが彼女の犯行であるはずが---」



 ぽん。


 ウェリアスの肩にディオスの手が置かれた。



「落ち着けよウェリアス。いつも冷静なお前らしくもない」


「しかし……」


「いいから、まずは座れ」



 半ば強引に、ディオスはウェリアスを座らせた。

 ウェリアスの忌々しげな視線が、ロギンスを貫いたまま。



「ロギンス、お前にしては過激な手段だ。何かお前をそう思い至らせる要素があったのであろう」



 ガディウスの言葉に、ロギンスは鷹揚に頷いた。



「……『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』という魔物を、ご存知ですか」



 ロギンスはウェリアスを宥めるように、ゆったりと語り出した。



「此度現れたという上級種の魔物ですか?」


「ええ、奴はかなり厄介な魔物でしてね。変質と再生を繰り返し、まともな手段ではダメージを与えられない特殊な魔物です。強さで言えば中級上位程度でしょうが、その厄介さ故に上級指定されている魔物です」


「……その魔物が何か?」


「奴は人の心を覗き見て、覗いた心の持ち主が最も愛した人間に姿を変えます。私が『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』と対峙した時、奴は『黒白の魔女』の姿を形取っていました」


「…………」



 ぐ、とウェリアスの喉仏が転がった。



「セレティナ嬢は『黒白の魔女』を愛していた又は愛している可能性があります。それ以前に奴と面識があるというだけで驚愕ですがね」


「……セレティナさんが事件の手引きをしたとは到底思えねぇがな」



 と、零すのは頬杖をついたディオスだ。

 ロギンスは賛同する様に頷いた。



「セレティナ嬢は今回の事件に大きく関わっているとは私も思ってはいません。しかし何らかの形で『黒白の魔女』の脅威を呼び込んだのは事実。国に仕える者であるなら、洗いざらい吐いて貰わねばなりません」


「……話そうとしなけりゃどうするんだ?」


「……多少痛い目を見てもらうのも、止む無しかと」



 ガタン!

 頭に血が上ったウェリアスが立ち上がったのと同時であった。


 ガディウスがそれを制する様に、腕を上げた。

 まあ座れ、と息子のウェリアスにジェスチャーを交えながら。



「ロギンス。それは良くない」



 ガディウスの口から溢れた声音は、柔らかいものだった。



「確かにそれをすれば核心には近づけよう。しかし無理に喋らせるのは愚策だ」


「……どういう事でしょうか」


「魔女は、全てを見ている」



 そう言ってガディウスは紅茶のカップを傾けた。

 ロギンスの肩がぴくり、と動く。



「セレティナに手を上げるのは魔女の怒りを買う事と同義。無闇に手を上げたり拘束するのは不味かろう。魔女がセレティナとの仲を明かしたのはそうした釘を刺す為のものでもある」


「……ではどうすれば」


「なに、時間はある。セレティナが自然に話してくれるのを待てば良い」


「それでは悪戯に時間を消費するだけなのでは?」


「……ロギンス、私はあの娘が良い魂を持っていると感じてならない。彼女の瞳を見て、言葉を交わした私はどうしても彼女が将来この国に必要な人物になると確信してならないのだ」



 それに。

 そう言ってガディウスは言葉を続け



「見目麗しい婦女子を拘束するなど、スマートな紳士が取るべき行為ではなかろうよ」



 ぱちっとウィンクしてみせた。



「……御心のままに」



 なんとなく毒気が抜かれたロギンスは、そう言って頭を垂れた。

 やはり陛下は人に甘い。

 甘くて、優しくて、どこまでも救いを求める。

 だからこそ、仕え甲斐がある。

 ロギンスは頭鎧ヘルムの下でニヤリと口角を上げた。



「まあそれとなく聞いて話してもらえるのであればそれで良し。話さないのであればまた考えよう。取り敢えずの方針はそれで良いな?ディオス、ウェリアス」


「俺はそれで良いです」


「……僕も、賛同します」



 ガディウスは満足気に頷いた。



「魔女の事も心配ではあるがな。亡くなった貴族が統治していた領地問題や城の修復、動揺している民へ声明を出したり問題は山積みだ。これから忙しくなるぞディオス、ウェリアス。お前達の活躍にも期待しておるからな」



 ディオスとウェリアスは背筋を伸ばし、力強く頷いた。



 剣を持つ事だけが、戦いではない。

 これから王都は忙しくなる。


 ガディウスはこれからの事を憂い、ゆったりと椅子に背を預けた。


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