線香花火
「…………」
ロギンスは矛先の失った『ゲートバーナー』を仕方なく背に仕舞うと、重い足取りでダンスホールを歩く。
酷い有様だ。
ガラス窓は破れ……シャンデリアは墜落、炎上し……石畳の床や壁は大きく捲れ上がっている。
そして、決して少なくない人の亡骸。
ここは果たして本当に王の住まう城の中なのか。
まるで戦場に打ち捨てられた廃墟の様ではないか。
燻る炎と血の臭いに僅かに顔を顰めながら、ロギンスは横たわるセレティナを抱き起こした。
美しい寝顔だ。
ロギンスは、あくまで率直な感想を抱いた。
長い睫毛を湛えた瞼はしっかりと閉ざされ、すっと通った鼻筋。
桜色の唇は僅かに潤んでいる。
垂れた黄金の前髪は美しく、まるで黄金で織られた様だ。
「……愛し合う者同士、か」
ロギンスは、『黒白の魔女』の語る言葉を敢えて口に出してみた。
情報が、まるで足りない。
ロギンスは、頭の中で整理を始めた。
今回の騒動は『黒白の魔女』が仕掛けたものには違いない。
ならば目的は?
奴は自分の欲しいものの為にしか動かないと言った。この黄金の少女を愛している、とも。
そして黄金の少女と戦闘していたのであろう『誇りと英知を穢す者』は『黒白の魔女』に姿を変えていた。
黄金の少女と『黒白の魔女』は、本当に愛し合う仲なのか……?どういう関係なのだ……。
ロギンスが思案に暮れていると、遠くから女の呻き声がロギンスの鼓膜を揺さぶった。
……生存者だ。
ロギンスは抱えたセレティナに響かぬ様、大股で声の方に歩を進めた。
するとそこには
「メリア……!」
その貴婦人をロギンスは知っていた。
彼はセレティナをそっと置くと、横たわるメリアを抱き起こした。
「メリア。分かるか?俺だ。ロギンスだ」
うっ……!
痛みに呻くメリアが、霞む眼でロギンスをなんとか捉える。
しかし、焦点があっていない。
血の吐きすぎだ。
メリアを抱えるロギンスの腕が、どろりと彼女の血で濡れる。
ロギンスはその傷が致命傷だと、はっきりと分かった。
「……ハァッ……うっくぅ……っ!…………ロギンスか……。あなた、いつも来るのが遅いのよ……」
「……すまない。これを飲んでくれ、魔法薬だ」
ロギンスが小さな薬瓶を取り出した。
……しかし、メリアは僅かに首を横に振り拒絶を示す。
「……何故だ。死にたいのか」
「……ふふ。強化・魔法薬を飲んだからね……。それは飲めない……」
「なんと……」
「道具の力を使ってこのザマ……。『疾風のメリア』の名が泣くよ……」
「……いや、お前は良くやったさ」
「ふふ……。あんたの口からそんな言葉が出るなんてね……傭兵時代の私が聞いたら……きっと顎が外れる」
ゲホッ!ゲホ!
咳き込むメリアの口から大量の血が吐いて出た。
唇は青く、彼女の体は凍えた様に冷えていた。
「待っていろ。直ぐに医者を呼んでくる」
「いや……良い」
「……なんだと?」
「……どうせ、私は死ぬ。……それくらい、分かってる」
ニヤリ。
死に相応しくない、挑戦的な笑顔だった。
「しかし……」
「それより……セレティナは……私の娘はいる……?」
「娘?」
「……顔が見たいの……せめて……」
ロギンスは閃くと、黄金の少女を抱き起こした。
そうしてメリアの横に、そっと置く。
「……ああ、セレティナ。……私の……自慢の、娘」
そっと、メリアの震える指がセレティナの頬を撫ぜた。
血に塗れた指が、セレティナの頬に赤を引いた。
「……お前の娘だったのか」
「ええ……。名前は、セレティナ。……とても……美しいでしょう……?」
「……ああ。そうだな」
「……今夜が、初社交界だったの……。凄かったのよ……皆がこの子の事を見て……私は……とても、誇らしかった……」
「…………」
「……ねぇ……ロギンス……」
「……なんだ」
「……お願いが、あるの……」
「……聞こう」
あのね。
メリアはそう言って、セレティナの黄金の髪を梳かした。
規則正しく寝息を立てる娘が愛おしくて、メリアの瞳から涙が溢れた。
「……この子の夢は……騎士になる事なの……。……ふふっ……可笑しいでしょう……こんなに美しくて、病弱な子が……騎士になるなんて……」
ロギンスは、黙って耳を傾けた。
メリアの声は語るほどに小さく、か細くなり続けている。
「……私、嗤ったわ……この子の夢を……でも、セレティナは強いの……逃げずに……毒親の私に勇敢に立ち向かって……」
メリアの瞳から、ぽろぽろと涙の雫が流れ落ちる。
「……ねぇ。ロギンス……この子は、きっと騎士になる……私が、保証する。だから……だからね」
だから。
メリアは、言葉を紡ぐ。
「だから、もしこの子が騎士になった時、貴方が支えてやってほしい。道を違えない様に、騎士として生きられる様に」
私の代わりに……という言葉は、紡がない。
メリアの群青の霞む瞳は、ロギンスをしっかりと捉えている。
「……善処する」
「ふふ……相変わらず、手厳しいのね……」
「……すまない」
それに返す言葉は、続かない。
メリアはいつまでもセレティナの頭を撫で続け、そしていつしか、ゆっくりとその瞼を閉じた。




