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次代の英雄

 



 *



 ……濃厚な血の臭い。


 頭鎧ヘルムの下のロギンスの嗅覚が、敏感にそれを感じ取った。

 それと同時に、彼の巨岩の様な体躯に警鐘が鳴り響く。


 ロギンスはぐ、と背に担いだ巨剣『ゲートバーナー』の柄を掴むと、軽々とそれを引き抜いた。


 ぎらり。


 豪胆を絵に描いたような荒々しい柄から引き抜かれた刀身は、意外にもどこまでも澄み渡り僅かに光り輝いている。


 ガラス細工とさえ見紛う刀身は、かの御伽噺に出てくる悪魔王を切り裂いたという逸話さえ残っている。


 ロギンスは『ゲートバーナー』を紙細工の様に容易く振るって今一度その感触を確かめると、目の前に映る大きな扉を押し開いた。


 ぎぎぎ、と音を立てて広がる光景にロギンスは目を細めた。


 眼前に映るは静謐なダンスホール。

 普段であれば人の喧騒に満ちたこの空間も、今は凍てつく様な静寂が満ちている。


 そして、その中央には。



「……遅かったか」



 ロギンスは思わず、頭鎧ヘルムの下で呟いた。


 黒の少女が、黄金の少女を恋人の様に抱擁している。


 黒の少女は狂気の笑顔に満ち満ちて。

 黄金の少女は鮮血に濡れている。


 黄金は、糸の切れた絡繰人形の様に生気がない。

 足元には薔薇が絡み合う意匠が施された美しい宝剣が、力無く転がっている。



「……」



 ロギンスは太腿に渾身の力を溜めた。

 この状況、敵は一目瞭然。

 ならば、狩るのみ。


 黒の鎧が、跳ぶ。


 ロギンスに蹴られた石床が蜘蛛の巣状のヒビを形成した。


 ぐん、ぐん、ぐん。


 突風が吹き荒れるとロギンスの目に映る世界が前から後ろに吹っ飛び、瞬きの内に黒の少女……『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の懐に潜り込んだ。


 ぎりぎり。


 黒の籠手に覆われた拳が圧縮され、次の瞬間。


誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の頭が文字通りに吹き飛んだ。

 水風船が割れた様に、割れた頭部から後方に黒の液体がびちゃびちゃと四散する。


 ロギンスは頭部を失いよたよたと彷徨う躰に蹴りを入れて吹き飛ばすと、その場に崩れ落ちかけた黄金の少女……セレティナを優しく抱き上げた。


 息は……まだある。



「……生きていたか」



 ロギンスは胸を撫で下ろすと小瓶を取り出し、注意深く瓶口をセレティナの唇に当てがった。


 中身は魔法薬ポーション

 こく……こく……とセレティナの小さな喉が鳴ると、彼女の体が蛍火の様に淡く光った。


 そうすると目に見えるセレティナの外傷は瞬く間に塞がり、屍人の様だった肌に血色が戻ってくる。

 やがてセレティナは穏やかな寝息を立て、安心したかの様に眠りについた。



「良かった。間に合ったか……」



ロギンスは、長く息を漏らして安堵する。



「……しかし、この様な小さな娘が剣を握る時代になるとはな……」



 ロギンスは掌の中で小瓶を握り潰した。

 その握り拳は、震えている。



「……オルさん。貴方が遺してくれた時代の英雄の荷は、やはり俺にはちと重いようです」



 己が、情け無い。

 ロギンスはそう口の中で転がすと、セレティナをまだ清潔な絨毯の上にそっと置いた。


 そして、睨み据える。


 液状に蠢き、再び少女の形を取る黒の異形を。


 ロギンスは『ゲートバーナー』を重々しく正眼に構えた。


 漆黒の全身鎧フルプレート

 翡翠の外套。

 それらを纏う巨木の様な体。

 手に握られるは、美しくも豪胆な巨剣。


 誰が見ても、ロギンスの姿は英雄そのもの。

 まるで英雄譚サーガに謳われるかの英雄オルトゥスの生き写しの様なその装備は、彼が自身で拵えた国内でも最高品質のものばかりだ。


 ロギンスは外套を翻すと、駆ける。


 駆ける、駆ける、駆ける。


 ダンスホールの端から端へ。


 やはり黒の鎧が、黒の少女に到達するのは一瞬の事だった。


 ロギンスは『ゲートバーナー』を上段に構えて---





 一閃。





 それは、爆発だ。


 剣を上から下へ振り下ろす。

 ただ、それだけの事なのに。


 研ぎ澄まされた巨剣が振り下ろされる音は、まるで龍の咆哮だ。

 風が、空が破けて、その有り余るエネルギーは余波だけで石畳の床や壁を大きく抉り取った。


 彼にとってそれは、決して一撃必殺の大技などではない。


 ごく単調に。

 セレティナやメリアがそうするように、剣を振り下ろしただけ。


 それが、この威力。


 これが、英雄の領域。


誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』はその一撃を右腕の剣で受け止めようとして、しかし右腕が吹き飛んだ。


誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』はその表情を歪めて、痛みに叫んだ。

 ……そう、痛いのだ。


 飛ばされた右肩から先はジリジリと煙を上げ、再生しない(・・・)

 液状化も、できない。


誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の瞳に、驚愕の色が滲み出した。




 ……ゆらり。

 ロギンスは鷹揚に、またそれ(・・)を正眼に構えた。


『ゲートバーナー』


【凡ゆる魔を滅する事の出来る】伝説の聖剣が、煌めいた。


 その煌めきに『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』は慄いた。

 それは他でもない、恐怖という感情。


 上級種にのみ許された、感情という性質。



「……怖いか」



 ロギンスは、『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の目にも見え易い様に『ゲートバーナー』の刀身をチラつかせた。



「……だがな、俺はお前が思っている以上にお前が、魔物が、怖くて堪らない」



 ロギンスの腰が、僅かに下がる。



「……そして、俺以上にお前達を怖れているのがこの国に暮らしている無辜の民だ。……お前が人の住む領域に産まれた以上、俺はお前を殺す責務がある」



『ゲートバーナー』が、蛍火の様に明滅を始めて



「……悪く思うな」



 明確な殺意を持って、『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の首元に迫った。



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