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目覚め

 




 メリアの長剣が『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の肉に食い込み---



「!?」



誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』の体が、どろりと変質する。


 体は固体から液体へと。


 メリアの長剣を握る手に、肉を切る手応えは返ってこない。

 液体と化した肉体は実体を持たず、メリアの決死の一撃は空振りに終わる。



 メリアの体が、長剣の重みに耐えきれず大きく傾いだ。

 右肩の風穴が赤黒い血を吐瀉し、メリアの表情が大きく歪む。


 その表情を『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』は見逃さない。

 八つの瞳に映るのは愉悦……。


 メリアは自身の体を支えきれず、剣を振ったその勢いのまま、勢いよく床に激突した。


 ぐじゅっ。


 メリアの右肩が潰れたトマトの様な悲鳴を上げ、床に大量の赤を吐いた。


 ……誰の目から見ても、その傷は致命傷。


 崩れ落ちたメリアの手から、力無く長剣が零れ落ちた。



誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』はその様子をじっと、蟻の巣に興味を示す子供の様に観察している。






 *






「貴方は!セレティナを……主人を置いておめおめと逃げ果せてきたのですか!」



 エリュゴール王国第二王子、ウェリアスの手がケッパーの胸倉を激しく掴んだ。



「それが主人の命令だ!王子であろうと、貴方にとやかく言われる筋合いは無い!」


「なんだと!」



 返すケッパーも、完全に頭に血が上っている。

 ウェリアスの手を乱暴に払い除けると、野犬の様に歯を剥いて唸った。



 ここは、王城の離れにある兵士達の宿舎。

 なんとか避難してきた貴族達は一時ここに身を寄せ、兵士達に囲ってもらおうと画策していたのだが……。


 兵達は、何者かの手によってその全てが無力化されている。

 昏睡し、何をどうしてもその意識が覚めることは無い。


 それに加えて王城に配置していた全ての兵が、奇妙な事にこの宿舎で寝かされている。


 誰が、何のつもりで。


 テロ行為に違いはないが、今回の魔物の件も含めてその手口は鮮やかで不可思議。

 大魔法でも使わない限りは、この様な芸当はこなせない。


 ……黒白の魔女。


 エリュゴール王ガディウスは、一人の魔女を脳裏に描いたが直ぐに頭を振ってその考えを取り下げた。


 何故なら黒白の魔女は、既に死んでいる。


 その様な無駄な事を考えているより、まずは現状を何とかせねば。

 ガディウスは襟を正した。


 まずは血が上ったウェリアスを何とかせねばな。


 ウェリアスとケッパーは未だに大声でがなり合っている。



「帰れと言われて帰る家来が何処にいるのですか!貴方のその剣は飾りじゃないのでしょう!」


「俺だって好きで逃げてきたわけじゃねぇ!そうするより他は無かったんだ!俺がいてはかえって邪魔だ!」


「セレティナは女性なのですよ!力無き女性を盾にするより他が、ないはずないでしょう!」


「セレティナ様は強い!俺なんか足元にも及ばねぇよ!」


「軟弱者め!嘘を言うな!」


「嘘じゃねぇ!」


「なにをぉ!」


「やんのか!」



 犬と猿。

 お互いの襟首を引っ掴み、額と額をガチリとぶつけ合う二人は正に火の付いた火薬庫と化していた。


 もう、誰にも止まらない。









 すぅぅぅぅうう………









「うるさーーーーーーーーい!!!!ですわ!!!」





 二人の啀み合いすらぶち抜くその声に、ウェリアスとケッパーの手が思わず止まる。


 見れば、腰に手を当て胸を張ったエリュゴール王国第一王女エリアノールが鼻を鳴らしていた。


 小鬼と化したエリアノールはずんずんと大股で近づくと、ウェリアスとケッパーの首根っこをむんずと掴んで二人を引き剥がした。



「貴方達はいつまでそんな事をやっているんですの!まるで生産性も気品のかけらも無い啀み合い!見ているとこっちまで気が立ってきますわ!」



 ふんふん!と鼻を鳴らすエリアノールの態度に、ケッパーとウェリアスも渋々……と言った様子だが漸く落ち着きを見せ始めた。



「ケッパーさん!」


「は、はい、何でありましょうかエリアノール様」


「セレティナさんは、何と仰っていたのですか!」


「こ、この場を離れ……騎士を呼んでこい、と」


「それだけですか!」


「は、はい。それだけ、です」



 きっ!

 エリアノールは今度はウェリアスを睨んだ。



「ウェリアス兄様!」


「な、なんですか」


「セレティナさんは!増援を欲していらっしゃいます!」


「え、ええ……」


「ええ。じゃ、ありませんわ!なんとかなりませんの!」


「なんとか……と言っても兵士は皆昏睡している。なんとかと言われたとて……」



 きっ!

 エリアノールは次は父のガディウスを睨みつけた。



「……城の兵士は皆起きぬ。城下町に冒険者を雇いに早馬を向かわせているが……」


「どれくらいの時間が掛かりますの!」


「分からぬ。しかし三十分程も経てば……」


「それではセレティナさんが助かりませんわ!」



 エリアノールは思わず爪を噛んだ。

 上級の魔物の出現。

 いくらセレティナが強いと言えど、敵うはずもない……。


 必要なのは、英雄級の戦士。

 またはそれに準ずる程度の戦力。


 エリアノールは、無力化した兵士達が転がるその一角を睨み据える。

 その中に一際目立つ漆黒の全身鎧を着た騎士が一人、異様な存在感を放って眠っている。



「彼も、昏睡させられているんですの?」


「……ああ、残念な事にな。彼が起きていれば状況も変わっていようが……」


「王国最強も形無しですわね」



 エリアノールは嘆息を吐いた。





「王よ……なんとも、ならないのですか」





 ぽつり、と。

 その声が小さく響いた。


 バルゲッドが涙ながらにガディウスに訴えるその声は、余りにか細いものであった。

 熊のように大きい体に、気の弱い彼の顔は、既に涙と鼻水でぐしゃぐしゃであった。



「妻と……娘が……なんとか、ならないのでしょうか……私は……この様な形であの二人と別れなければならないのですか……」



 バルゲッドの訴えに、その場にいる全てのもの達に悲痛な思いが伝播した。

 父の背中を摩るイェーニスの目にも、涙が一筋溢れた。



 なんとかしてあげたい。



 皆がそう思って。

 どうしようもできない。



 ぐっ、とエリアノールの口が真一文字に結ばれた。



「……どなたか、魔法薬ポーションをお持ちの方は」



 エリアノールの口から、その言葉がついて出た。



魔法薬ポーションならここに……。どうするつもりだエリアノール」



 ガディウスの手から、エリアノールの手に小さな薬瓶が手渡された。

 エリアノールはそれを握り締め、ある場所に足を向ける。


 それは王国最強、漆黒の騎士の目前。


 ガディウスはそれを見て、小さく息を吐いた。



魔法薬ポーションでの回復は、もう試みたのだ。結果を言えば、起きる事はない」


「何をしても、起きないのですよね?」


「ああ。揺すっても、大声を出しても、叩いても無駄だった」


「……そうですか。では仕方ありませんわね」


「……ん?おいエリアノール、お前何を」



 見れば、エリアノールが丁寧に騎士のガントレットを外していた。

 エリアノールの手には握られたポーションと、そして、



「ちょっと、流石にそれはやめ」


「起きなさい!死にたくなければ!」



 ずん、と。

 騎士の左手を、ナイフが貫いた。


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