燃え盛る命
ボッ……!ボボッ……!
メリアの体から、淡い赤色の光焔が吹き出した。
ぼうぼうと燃え上がるその光は、まるでメリアの闘志そのもの。
群青の瞳も僅かに発光し、頭が揺れるたびに蒼い残光が空気に漂った。
メリアは歯茎を剥き出しにして唸る。
外へ外へと逃げる力を、己の内に溜め込むようにして。
強化・魔法薬。
メリアが服用したそれは通常の魔法薬と似ているが、その性質は大幅に異なる。
回復はしないが身体を大幅に強化できる液薬なのだが……、その効能と副作用は余りにも強烈。
それは、命の前借りに近い。
余程の事が無ければ、服用を禁じられている薬液だ。
薬瓶を放り投げるメリアの背中を見るセレティナの目が、驚愕に揺れる。
そんなものを使っては。
「お母様!」
セレティナはメリアの背に手を伸ばして---
その手は、届かない。
掴んだのは、彼女の残光。
メリアの背中はひとつの瞬きの間に既に遠く離れ、一足飛びで『誇りと英知を穢す者』の懐まで潜り込んでいた。
正に電光石火。
正に火打ち石の火の一瞬の閃き。
ボッ……ボボボッ!!
メリアの纏う光焔が、より一層に猛り狂う。
次いで、咆哮。
メリアの振るう長剣が、音をさえ置き去りにして横薙ぎに振るわれた。
その剣速は、人の域を超えた英雄の領域に足を踏み込む程。
かの英雄オルトゥスを始めとした、歴史に語られる英傑の絶技に迫っている。
しかし。
甲高い、女の悲鳴のような音が炸裂する。
メリアの長剣は、『誇りと英知を穢す者』の双対の剣によって阻まれた。
ぎょろぎょろぎょろ。
『誇りと英知を穢す者』の八つ目は、メリアを嘲るように忙しなく動いている。
メリアは一つ舌を打つと、長剣を切り返して距離を置いた。
……いや、距離を置こうとして
「ぐぅっ……!!」
しかし『誇りと英知を穢す者』に距離を詰められる。
そしてまるで技とも言えない、暴力的な双対の剣がメリアを襲った。
その瞬間、メリアの群青の瞳が激しく閃いた。
彼女の操る長剣が強引な軌道を描き、辛うじて死から振り逃げる。
その一撃を受け止められたのは、強化・魔法薬による反射速度と筋力の爆発的向上があったからこそ。
強化を受けてなければ、メリアはとうにブロック肉に解体されている頃だろう。
なんという強さ……、騎士はこういう奴等を相手に戦っていたのか。
メリアは思わず舌を巻いた。
……これは、人間が勝てる相手ではない。
ぎょろぎょろと蠢く八つ目に、メリアの心が僅かに恐怖に侵されていく。
……しかしメリアは長剣を力強く握りしめ、赤の光焔を滾らせた。
瞳に宿る意思は強く、一文字に引かれた口元は彼女の壮絶な覚悟を表している。
「セレティナ!」
メリアは叫ぶ。
愛しい、娘の名を。
そして思い出す。
娘と過ごした、日々を。
決意に満ちたメリアの口元が、ふっと緩んだ。
「愛してる」
そう言って。
メリアは駆け出した。
両の手に握る長剣に、且つてない最高の力を漲らせて。
赤の気炎が立ち上る。
メリアの体が文字通り火の玉となって、『誇りと英知を穢す者』の目前へと迫った。
『誇りと英知を穢す者』の上体がゆらりと揺れ、左の剣腕を恐ろしい速度で突き出した。
メリアはそれを、避けない。
「ぐぅぅっ……っつぁああ!!」
右肩に突き刺さり、ぶちぶちとメリアの筋繊維を、骨を抉り取っていく。
それでもメリアは、止まらない。
群青色の瞳が、火花のように閃いた。
ぎょろり、と『誇りと英知を穢す者』の八つ目が驚愕に揺れた……かのようにも見える。
一瞬の隙。
それさえ掴めば。
ぎり、とメリアの奥歯が軋んだ。
赤の焔が、天を焼く。
メリアの暴風のような長剣が、一撃必殺となりて『誇りと英知を穢す者』の肩口から切り下ろされた。




