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メリア・ウル・ゴールド・アルデライト①

 

 真紅のドレスの袖が通される。

 王都でも指折りの職人に織らせ、金貨ウン十枚は下らない高貴なドレスを纏うはセレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。


 侍女のエルイットは丁寧に着せ替えさせつつも、まるで衣装負けしないこの精霊然としたお嬢様の姿にいくつもの溜息を飲み込んだ。


 見事に着飾れば、最後に戴くはふんだんに宝石が散りばめられた硝子のティアラだ。完璧だ、完璧過ぎるセレティナの姿にエルイットはぶるりと身が震える。


「お嬢様、お着替え終わりました。大変に美しいですよ」


 エルイットはそう言ってセレティナを巨大な姿見の前に立たせた。


 黄金に輝く金糸のような髪。

 神の造形物とばかりに疑う黄金比に象られたかんばせに、そこに品良く収まった群青色の瞳。

 初雪を思わせる肌は白く、僅かに桜色の血色を湛えている。

 真紅の目立つドレスは、それでいて落ち着いた意匠を凝らしており、セレティナの美を際立たせた。


 セレティナは硝子のティアラを恐る恐る、その白魚の様な繊細な指で触感を味わいながら鏡をひと睨みする。


 目を爛々と輝かせているエルイットに反し、セレティナの態度は聊か憮然としたものだった。それはそう……例えるなら服が嫌いな犬が無理やり服を着せられたあの顔に似ている。


 まあそれもそのはずで、オルトゥスの記憶を受け継いでいるセレティナは女性としての華美な装飾を嫌う傾向にあるのだ。十年もの間女性として育てられ、その常識を身につけてきたセレティナと言えどこのようなヒラヒラキラキラピカピカした格好は自分の目指す騎士道とは余りにもかけ離れている。


「エルイット……この様に華美な衣装はあまり私は好ましく思いません。真紅のドレスは少々派手すぎるのでは……」


「その様な事はありませんよお嬢様。とてもよく似合っております。それにこのドレスとティアラをお嬢様以上に着こなせる高貴なものなど他におりますでしょうか、ええ勿論おりませんとも」


 セレティナの肩に手を置き鏡をうっとりと見つめるエルイットの鼻息はとかく荒い。

 むふーむふーと横髪をそよぐ鼻息にセレティナはどこか変態めいたものすら感じていた。


 でもまあ確かに……。


 セレティナは確かめる様に腕を上げたり、くるりと回ってみせた。鏡に映る彼女はやはりこのドレスが似合っている。そも、天上の美を戴くセレティナに似合わぬ装飾などあり得ないのだが。


 似合いすぎるその華美なドレスに多少鬱屈としながらもセレティナは観念した様に大きな溜息をひとつ吐いた。


「まあ衣装はもうこれで良いでしょう。他に用意もないんでしょう?」


 にっこりと頷くエルイットに、毒でも吐いてやりたい気分に駆られたがぐっと堪えた。


「ではお嬢様、用意も出来たことですし参りましょうか。主賓が遅れては折角のお誕生日会も台無しですからね」


「そうですね」


 そう、今日はセレティナの十歳の誕生日。

 誕生日でもなければ彼女はこんな格好など必ず拒む。

 エルイット含め侍女や家族にとって全くもって目出度い日なのではあるが、セレティナにとってはまた一つ断頭台への階段を登った気分になる憂鬱な日だった。


 身体の成熟……それすなわち婚期が迫るという事。貴族の世界は早いもので、公爵家の娘など十代前半で男と結ばれることもザラな世界なのだ。


 もう何回かこの誕生日を繰り返せばきっとあの母のメリアから縁談を持ちかけられるに違いない……。


 セレティナは苦虫を噛み潰した。


 しかし、セレティナは覚悟を決めていた。


 今日。

 そう、今日だ。


 この十歳の誕生日会を機に、騎士になると家族の前で……厳密にはメリアの前で宣誓する。


 宣誓した後の事は想像するだけでも怖気が走るがもうどうとでもなれだ。今まで十年もの間淑女として良い子をしてきたのだ。ここで特大のわがままをお見舞いしてやろうじゃないか。


 ……さりとてメリアは怖い。

 セレティナが生前オルトゥスとして対峙してきた数多の恐怖とはまた別種の恐ろしさだ。


 武者震いとは程遠い、緊張と恐怖にセレティナはぷるぷるとその体を震わせた。


「今日、私は死ぬかもしれん……」


 鬼神と化した母の姿を想像して口の中で転がしたその小さな呟きは、誰に届くでもなく虚空に消えた。


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