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悪の爆発

 






「エリィ。もうその辺にしておきなさい」


「あん、返してお兄様!こんなの飲まなきゃやってられないですわ!」



 もう幾つのグラスを空にしたのか分からない。

 ウェリアスはエリアノールの手から葡萄酒がなみなみに注がれたグラスを奪い取った。


 既にエリアノールは熟れた林檎の様に鼻の頭まで紅潮し、完全に出来上がっている。

 ウェリアスはエリアノールから漂うむせ返る様な酒の臭いに、顔を顰めた。



「どうしたんだいエリィ。淑女の君らしくもない」


「私の殿方に抱いていた幻想は今日、木っ端微塵に打ち砕かれたのです。もう放っといてくださいまし」


「……やれやれ。分かった、でもお酒はもう飲むんじゃないよ」



 そう言って立ち去ろうとするウェリアス。



「…………」



 ……の、腕をエリアノールは力強く握って離さない。


 エリアノールの顔を見れば、頬を風船の様に膨らませてウェリアスを睨んでいた。



「え……何?」


女性レディーに放っといてくれと言われてホントに放っていくなんて言語道断ですわ!」


「うわっ面倒くさい」


「ガーン!なんてひどい!」



 ウェリアスは助けを求める様にディオスに目を配るが、ディオスは諦めろと言わんばかりに首を横に振るばかりだ。



「今日のエリィはどうしたんですか」


「さぁな。セレティナ嬢に主役を奪われたのが悔しいんだろうよ」


「あぁ……そういうこと……」



 そう考えると、ウェリアスは僅かに妹に同情した。


 ……エリアノールの美貌を持ってしても、セレティナと比較するのは余りにも分が悪い。



「なぁ……それより」


「なんです?」


「あれ、なんか様子がおかしくないか?」



 ディオスの視線を追うと、確かに一人の男がフラフラと覚束ない足取りでよろめいている。



「あれは確か、デブィア男爵……。確かに少し様子が変ですね」



 酔っ払いの様で、どうやらそうではない。

 口端から僅かに涎を垂らし、ブルブルと体全体が小刻みに震えている。


 そしてポツ、ポツ、と。

 男の顔からハートの斑模様が浮かび上がった。

 次第にそれは濃く、そして体全体に伝播していく。



「なぁ、あれって---」




「いかん!皆!その男から離れよ!」



 何かを悟った声が---見れば、切迫した表情のバルゲッドが叫んでいた。



「魔物の種が!芽吹くぞ!」



 そう言うが早いか、



 デブィア男爵の体が爆発し、爆炎の華がダンスホールに咲き誇った。







 *







「おいチビ!今の音聞こえたか!」


「チビじゃありません!が、聞こえました!」



 ケッパーは弾かれた様に椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 今の音は、方角から察するに凡そダンスホールで起きたものに違いない。


 ケッパーの心臓が早鐘を打つ。



「あっ!ちょっと!」



 思考より、体が動くのが先だった。

 ケッパーはエルイットの制止を歯牙にも掛けず、二も無く部屋を飛び出していった。

 今、彼の頭の中にはセレティナの安否の事しか無い。


 ……そして、エルイットも。


 エルイットは宝剣『エリュティニアス』を両の腕で抱え持つと、彼女もまた部屋を飛び出した。

 ケッパーの背中は既に見えるところには無い。



 私に今出来る事はお嬢様達の安全を祈る事。

 それから、この宝剣をお嬢様の元に届ける事。

 それしか無い。



 エルイットは唇を忌々しく噛むと、己の無力を嘆いた。



 ……お嬢様、どうか無事でいて。



 エルイットは駆ける。

 慣れぬ運動の上に、ロングスカートが脚に絡みついて鬱陶しい。


 早く、早く、お嬢様の元に私も---



「エルイット!」



 背後から、愛しいその声が飛んだ。

 振り返れば紅のドレスに裸足で駆けるセレティナが、エルイットの元に追い縋った。



「お嬢様!よくご無事で!」



 エルイットは思いがけずセレティナを搔き抱いた。

 きゅぅっ、と胸の中で小さくセレティナが呻く。



「それより、剣は!」


「あっ、申し訳ありません!こちらに!」



 恭しく『エリュティニアス』を差し出せば、セレティナはひったくる様にそれを手に取った。



「エルイット、貴方は直ぐに避難して」


「お嬢様も避難しましょう!危険です!」


「私は為すことを為す。それが終われば避難しますから」



 先程から階下から、耳を劈く程の悲鳴が聞こえてくる。

 ……何か途轍も無い危険がダンスホールで待ち受けている。

 それだけは、エルイットにも分かった。


 エルイットは、喉を鳴らした。



「駄目です!お嬢様は先日も魔物と、戦って死にかけたではないですか!次が無事とは限らな---」


「エルイット!」


「……っ」



 エルイットは、言葉に詰まった。

 何故ならセレティナが、見たことも無い悲痛な表情をしていたから。



「……必ず、帰る」



 セレティナはそう言って、駆け出した。

 エルイットは何も言えず、セレティナを見送る他無かった。











「黒白の魔女。次も、奪わせやしない。この国の王を、この国の未来を」



 セレティナは、駆ける。

 王を、家族を守る為に。


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