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黒白の魔女

 





 雪が僅かに積もる細枝の様な指が、セレティナの頬を這う。

 血の様に赤黒い不健康な発色のネイルが月光を跳ね返している。


 モノクロの少女はねっとりとした粘質な笑みを浮かべていた。


 その紅色の瞳と交差したセレティナの群青の瞳に映し出された感情は、



 ……止めどない、怒りだった。



 刹那、乾いた音がバルコニーに響き渡る。

 セレティナの平手が、モノクロの少女の頬を打った音だ。


 桜色に染まる頬を愛おしそうに撫で、モノクロの少女は軽薄な笑みを貼り付けた。



「魔女が!俺に触れるな!」



 激昂したセレティナが吠える。

 セレティナは、震えていた。

 それは彼女の内で暴れ狂う余りある怒りによるもの。


 肩で呼吸をし、射殺さんばかりの激情が群青色の瞳に宿る。


 それを受け、モノクロの少女はぶるりと恍惚に身を震わせた。



「嗚呼、オルトゥス。やはり貴方は可哀想な男」


「その口で、俺を語るな……!殺してくれる」


「熱烈なラブコールね。火傷しちゃいそうだわ」


「お前の所為で……お前の招いた『災禍』で、何人の尊い命が失われたと思ってる……!」



 セレティナの脳裏を過るのは、嘗て共に命を散らした英霊達の姿。

 国の為に、家族の為に礎となった若人達。


 皆気が良い奴らだった。


 死を目前にして、それでもなお一歩を踏み出せる気高い魂を持った男達だった。



 ……セレティナは、目の前の少女を睨む。

 目端に、涙さえ浮かべながら。



黒白こくびゃくの魔女、ディセントラ。今更この世界に何をしにきた」



 何をしに?


 モノクロの少女……ディセントラはうっとりと微笑んだ。



「勿論、貴方に会いによ。オルトゥス」


「ふざけるな!」


「姿は変わっても、魂の在り方は変わらない。直ぐに見つけられて良かったわ」



 セレティナの腕が、ディセントラを掴まんと伸びる。


 ……が、セレティナは掴めない。



「ぐぅぅ……!!」



 まるで強大な引力に引っ張られるように、見えない力によって地面に押し潰されたからだ。

 指の一本でさえ身動ぎできず、セレティナは地面に這い蹲った。



「……可哀想なオルトゥス。そんな弱い体に閉じ込められて、涙が出ちゃいそうよ」


「ぐっ……俺を、どうするつもりだ」


「何もしないわ」


「なんだと……?」



 ディセントラは、くすくすと楽し気に笑う。

 その様子が、セレティナの神経を更に逆撫でる。



「今日は貴方の元気な姿を見に来ただけ。でも心配しないで、これからは私は貴方をいつでも見守る事ができるから」



 セレティナは、悔しい。

 口の端に、血の雫が一筋垂れた。



「何が、見守るだ……!勝手な事ばかりべらべらと……!」


「ふふ。でも気をつけてオルトゥス。今日の夜会は、ちょっぴり刺激的になりそうよ」



 ディセントラはセレティナの血を指で掬い、愛おしそうに舐めとるとにんまりと笑った。



「ほら、よく耳を澄ましてごらんなさい。聖歌隊のコーラスが、もう聞こえてくるわ」


「どういう……」



 直後。

 階下のダンスホールの方角から爆音と、それから多くの悲鳴が耳を劈いた。

 城内が、穏やかでない喧騒に一気に包まれた。



「貴様……!」



 セレティナの瞳が、ディセントラを一層に睨んだ。

 返すディセントラの眼差しは、優しい。



「それじゃあ私は行くわね。さようなら、私の愛しいオルトゥス」



 ディセントラの唇がセレティナの額にキスを一つ落とすと、まるで霧のようにディセントラの姿が霧散して掻き消えた。


 それと同時に、セレティナを押さえつけていた力も消える。



「くそ……」



 セレティナは軋む体で身を起こすと、ハイヒールを放り捨てた。


 心の整理は全く追い付かない。

 追い付くはずもない。


 だが一つだけ分かる事、そして為す事は分かっている。



 陛下と家族の身に、危険が迫っている。



 セレティナは鋭く息を吐くと、裸足で駆け出した。



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― 新着の感想 ―
黒幕かと思ったら既に面識ある黒幕だったw
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