不戦敗
なんですの。
なんなんですの。
なん!なん!なん!ですの!
エリアノールはボーイから葡萄酒の入ったグラスをひったくると、ひと思いにぐいと飲み干した。
……いや、飲み干せずにはいられなかった。
エリアノールは可憐な乙女である。
揺蕩う様にウェーブを描く銀色の髪。
若草を思わせる翡翠の瞳。
年の頃以上に豊満な肉体。
エリアノールは国内に於いて『エリュゴールの至宝』とさえ謳われるほどに可憐である。
多少お転婆なところにさえ目を瞑れば、どこの茶会に行っても彼女が華だった。
エリアノールは、鼻が高かった。
幼い頃から父や親族に蝶よ花よと育てられ、自分が最も可愛い生き物であると微塵も疑った事はない。
何故なら、どこに行っても男が自分に傅いてくれるから。
何故なら、皆が自分の事を見てくれるから。
それが彼女は、堪らなく心地よい。
だのに。
だのに。
だのにぃぃ……!!
きぃーーっ!!!
エリアノールは純白のハンカチを噛みちぎった。
今宵の『春』の紳士達の衆目を攫ったのは、彼女では無かった。
セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。
エリアノールはくりくりとした翡翠の瞳で、セレティナの背中を睨みつける。
世界で一番私が美しいと言ってくれたあのダンディーな紳士も。
頬を染めて、手の甲に口づけをしてくれたあの殿方も。
誕生日に山盛りの薔薇をプレゼントしてくれたあのナイスガイも。
今宵は皆がセレティナを見ている。
今宵は皆がその背中を目で追っている。
紳士達の瞳に映るのはエリアノールの銀では無く、セレティナの黄金だった。
エリアノールは、堪らなく悔しい。
ここが人目のない自室であれば、地面にのたうち転げ回る程には。
確かにセレティナさんは可愛いですわ。
悔しいですけどこの私のほんの羊皮紙一枚……いえ、薄皮一枚程度くらいは上の可憐さを持ち合わせている様です。
しかし。
し!か!し!
男達のこの掌の返し様はどうなんですの……。
エリアノールの胸の内に、寂寞とした思いが去来する。
自分がちやほやされていたのは、自分が一番可愛かったから。
では、自分より可愛い娘が現れたとしたら……?
想像するだけでもの寂しくなる。
エリアノールは自身の腕で自分の身を搔き抱いた。
「おいエリアノール大丈夫か?」
「ディオスお兄様」
兄のディオスに、ぽんと頭を叩かれる。
「何か気分が優れないようだが?」
「……セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト」
「ん?」
「セレティナさんの事を、ディオスお兄様はどう思われますか?」
「ああ、かなりの別嬪だな。ウェリアスが終わったら次は俺が踊る予定でいる」
「……では質問を変えますわ」
「お、おお。どうした今日のお前ちょっと暗いぞ」
「気にしないでくださいまし。……ずばり、わ、私とセレティナさん……お兄様はど、どっちが可愛いと思われますか……?」
「あ?そりゃあ勿論
セレティナさんだろ」
ぶぱっ!
と、エリアノールの瞳から涙の滝が氾濫した。
負けた。
お兄様達は、私の味方だと、思ってたのに……。
エリアノールはやはりボーイから葡萄酒をひったくると、一気にグラスを傾けた。
夜はまだまだ、長い。




