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今日の夜会は誰が為に

 




「美しいお嬢さん。どうして泣いているんだい」




 呆然と立ち尽くしたセレティナが、我に返ったのは差し出された菫色のそのハンカチが視界に入ったのと同時だった。


 それと同じくして、セレティナは自分が涙していた事にようやく気づく。

 頬を撫ぜると、ひんやりとした雫の感触が指に張り付いた。


 そうか、私は泣いていたのか。


 セレティナは目の前の男のハンカチをやんわりと手で制すと、ポケットに入れていた自前のハンカチで涙を掬った。



「初めての社交界に感激して。お気遣いありがとうございます」


「おお、それはそれは。ではお嬢さん、私と一曲、どうですかな?」



 燕尾服に身を包んだ品の良い男は恭しく、セレティナに手を差し伸べた。

 セレティナは、困ったように笑みを浮かべた。



「私は……」


「失礼あそばせ。この子は暫く挨拶周りに行かなければならないもので。何せ初めての社交界ですから。そちらが終われば、是非」



 セレティナを遮るように、メリアの言葉が重なった。

 柔和な笑みを滲ませて、メリアはやんわりと彼の誘いを断ち切った。



「そ、そうですか。では終わった頃にまた伺うとしましょう」


「ええ、是非」


 男はそう言うや否や、引き攣った笑みを浮かべてそそくさとその場を去っていった。


 セレティナとメリアは、彼の姿が見えなくなるまで笑みを崩さない。




 ……今のメリアの行動。

 それは親子で参加する社交界に於いては、決して珍しい光景ではない。

 社交界とは交流の場であると共に、お見合いの場所でもあるのだ。


 自分の娘に悪い虫が寄り付かぬよう、又は良い身分の相手と共になれるよう、親はある程度子の交流に干渉する事ができる。


 メリアは今の男が階級にして男爵の貴族だということを知っていた。

 ニコニコと笑みを浮かべている内心では「男爵如きがうちの可愛い可愛いセレティナに何か御用でもありやがるのですか?先ずは上級貴族達と娘を引き合わせたいからそれが終わった頃に来てな」と、暗に示しているのだ。


 ……社交界とは、とかく怖いものである。



「セレティナ、大丈夫?どこか体調でも悪いの?」



 メリアはセレティナの顔を心配気に覗き込んだ。



「ええ、大丈夫です。きっと務めを果たしてみせます」



 メリアに応えるように、セレティナは微笑んだ。



「そう……。ならセレティナ、より一層気を引き締めること」


「え?」


「御覧なさい」



 メリアの視線を、セレティナが辿る様に垣間見る。


 どきり、と。

 セレティナの心臓が小さく跳ねた。


 視線だ。

 熱を帯びた紳士達の視線が、幾重にもセレティナに突き刺さっている。


 この会場にいる皆が、セレティナの事を見ていた。



「自覚なさい、セレティナ。今日の主役は貴女なのよ」



 メリアはそういって微笑んだ。


 見なさい、私の立派な娘の姿をと。

 自慢気に、そして自信に溢れたメリアの笑みは眩しかった。



 応えなくては。

 セレティナの小さな拳が、キュッと引き締まった。



 騎士である前に、淑女たれ。



 それは他の誰でもないオルトゥスではなく、セレティナの新たな信念に他ならない。



 セレティナは見据える様に目を細めると一歩、覚悟を決めた様にヒールを鳴らした。


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