王都の街並み
王都の広く、そして石畳で丁寧に舗装された道を一台の豪奢な黒馬車が往く。
いくら大陸中でも指折りに華やいでいる都市と言えど、惜しげも無く金の装飾をあしらわれたその黒馬車が人目を集めるのは余りにも容易だった。
人々はそれに目を止め、こう思うのだ。
どれほど身分の高い人間であれば、あの馬車に乗ることが叶うのだろうと。
*
セレティナは馬車の窓に映る王都の景色を、感慨深く眺めていた。
整然と舗装された石畳の道。
尖った屋根を天に伸ばし、背を競う様に並ぶ煉瓦で出来た家屋。
闇を払う様に、一定の間隔で突き立っているオイルランプの街灯。
田舎ではお目にかかる事はないハイカラな、或いは品良く仕立てられた服に身を包む紳士淑女達の雑踏。
人々の喧騒は絶えず、空は狭い。
空気は濁っているが、活力に溢れている。
英雄オルトゥスが生まれ、そして彼を育んだ街並みにセレティナは目を細めた。
変わっていないように見えて、やはりオルトゥスが生きた街並みとは少し変わっている。
それはたまに通っていたパン屋が取り潰されていたりだとか、出店の形態が変わっていたりだとか、そういった些細なものではあるが、確かにこの街はオルトゥスを置き去りにして変化を遂げている。
諸行無常を感じ、セレティナの胸の奥に微かな寂寥感が過ぎる。
「セレティナは王都に来るのも初めてだっけか」
隣に座る兄のイェーニスが問うた。
「ええ、何もかもが珍しくて目移りしてしまいます」
「面白いだろ?王都は」
「はい。夜会でとんだ田舎娘だと笑われなければ良いのですが」
セレティナはにこりと微笑んだ。
今日とて真紅のドレスに身を包み、うっすらと化粧を施した彼女の微笑はやはりこの世のものとは思えない程の美に至っている。
「はは、お前なら大丈夫さ。なんてったって母上の地獄の特訓に耐え抜いた淑女の中の淑女なんだ。ですよね?母上」
そうイェーニスに問われたメリアは、俯いたまま反応を示さなかった。
彼女は俯いたまま何か呪詛の様に、ぶつぶつと何かしらを呟いている。
「母上?」
「あっ!えっ!?あっ、ええそうね。セレティナなら大丈夫、そう、大丈夫」
再度問うたイェーニスに、メリアは弾かれた様に顔を上げて答えた。
その顔面に血の気は無く、余りにも蒼白だった。声も若干、震えている。
その様子に、セレティナは堪らず苦笑した。
「お母様、そんなに緊張なさらずとも私は立派に初社交界を成功させてみせます。私はお母様の教育を受けた娘ですもの、だからきっと大丈夫。安心してください」
「セレティナ……でも……」
目端にうっすらと涙すら浮かべるメリアに、夫のバルゲッドは彼女の肩にそっと手を置き抱き寄せた。
「メリア、君がそんな調子でどうする。大丈夫、セレティナは私とお前の娘だ。やれる事も全てやった。だからきっと上手くいくさ」
バルゲッドは太い指で、そっとメリアの涙を拭った。
蒼白していたメリアはひとつふたつゆっくりと大きな深呼吸をし、やがて決心がつくとそっとセレティナの手を取った。
「セレティナ、今まで良く私の教育を耐え抜いてくれたわ。貴女は本当に良く頑張ったと思う。淑女として叩き込める事は全て貴女に叩き込んだつもり。だから、胸を張って『春』に臨むのよ。いいわね?」
「はい、お母様。ありがとう存じます」
未だ表情の硬いメリアと、柔らかく微笑むセレティナ。
逆だろうと、バルゲッドは内心呟いたがそれは流石に言うことは無かった。
「俺の初社交界の時はこんなに心配されなかった気がするんだが」
「はは、イェーニス。男として生きるとはこういうものなのだ」
黒馬車は往く。
王城を目指して。




