夜空に輝けエリアノール
エリュゴール王国、王都。
華やぐ城下町を王城の窓辺から眺める小さな影が三つ、佇んでいた。
それらは皆一様に上等な生地の衣装を纏い、頭の頂には王冠を、又はティアラを冠している。
「『春』とはいえ社交界は社交界。かったるいよなぁ。各地でこっちに向かってた貴族達が襲われてたんだろ?なんで中止にしないもんかねぇ」
銀色に輝くウルフヘアに戴いた王冠をコリコリと撫でながら、その少年は大きくため息をついた。
その少年の名を、ディオス。
ディオス・ヘイゼス・エリュゴール・ディナ・プリシア。
彼こそがエリュゴール王国第一王子である。
「今中止にしては反王族派閥の思うツボですからね。急に『春』が無くなったと知れば民衆の不安を煽る事にもなりますし。延期はすれど開催を取りやめる、なんて事は愚策でしょう」
野生的な印象のディオスに応えたのは、その対極にあるように知性を感じさせる眼鏡の少年だった。
肩まで真っ直ぐに伸びた銀髪を持つ彼もまた、月光をありありと跳ね返す王冠を戴いている。
その少年の名を、ウェリアス。
ウェリアス・ヘイゼス・エリュゴール・ディナ・プリシア。
彼こそがエリュゴール王国第二王子である。
「なぁんで反王族派閥の思うツボなんだよ」
ディオスは口を尖らせた。
「今回の一連の襲撃……事故だとディオスは思っているのですか?」
「…………」
「恐らく反王族派閥が各貴族に王族への不興を買わせる為にやった事でしょう。余りにも分かりやすく美しくない手段ではありますが、少しでも王族へ懐疑の眼差しが向けられれば良かったのでしょうね」
「だがよぉ、そうすると一つ問題があるんじゃねぇか?」
「……なんです?」
「今回の襲撃には魔物も絡んだって話だろ?いくらなんでも魔物を仕向けるなんて話は無理じゃねぇか?」
「それは……」
ウェリアスは言葉に詰まり、手癖で眼鏡のフレームを押し上げた。
その様子にディオスは後ろ髪を掻くと、窓の外に映る城下町を見る眼差しを僅かに細めた。
「まさか魔物を従える方法を反王族派閥が持ってる、なんて事はねぇよな?」
……まさか。
ウェリアスはその可能性を信じられず、喉を鳴らし---
「もう!お兄様達は陰鬱な話ばかりして面白いのかしら!今日は『春』なのですわよ!もっと、こう、華やいだ話ができないものかしら!」
その少女は、ぷんすこと頬を膨らませた。
兄達と同様の銀髪は波を描いて腰程まで届き、頭にはやはり白金に輝くティアラを冠している。
その少女の名を、エリアノール。
エリアノール・ヘイゼス・エリュゴール・ディナ・プリシア。
彼女こそがエリュゴール王国第一王女である。
ディオスとウェリアスは、同様に嘆息を吐いた。
「お前は能天気だな」
「ディオスお兄様!?淑女に向かって能天気とはなんですか!」
「エリィ。君はそのままでいてくれたらそれでいいんです」
「ウェリアスお兄様まで!私を子供扱いしないでくださいまし!」
きぃ!と睨むエリアノールに、兄二人の表情が和らいだ。
「お前はまだまだ子供だよ」
「何を言っているんですか。私達三つ子の兄妹なんですから子供もクソもありませんわ。ねぇ、ウェリアスお兄様?」
「……」
「ウェリアスお兄様、こっちを向いてくださいまし」
「……」
「きぃ!なんなんですの全くもう!」
エリアノールはぷんすかぷんすかとヒールで器用に地団駄を踏んだ。
その様子に、ディオスは堪らずくつくつと笑う。
「そ!れ!よ!り!お兄様達は覚えていますの!?」
「覚えてるって何が?」
「……あー、ディオスあれですよ」
「ん?……ああ、あれか」
ディオスとウェリアスは、堪らず苦虫を噛み潰す。
父に言い渡されているのだ。
今宵の『春』に於いて嫁候補を見つけてこい、と。
「嫁と言ったってなぁ……」
「ええ……」
二人は顔を付き合わせると、深く嘆息を吐いた。
思い起こされるのは彼等が乗り越えてきた茶会の数々。
彼等を見る女性達の目は下心が見え透いている、なんてものではない。
余りにもがつがつとアピールしてくる女性達とその親に、二人は辟易していた。
「なーにを弱気になっているんですの。王族なんて普通なら問答無用でそのへんの娘っ子と婚約させられんですのよ?お父様の海よりも深い配慮に感謝するべきですわ」
「まあそうなんだがなぁ……」
「いきなり嫁を探してこいと言われても、ですね……」
煮え切らない兄二人に、エリアノールはふっふっふと笑みを零した。
「まっっ!!私の様な完璧な淑女がいつも隣に居れば他の女性が芋同然に見えるのも無理のない事!!私の所為で婚期を延ばすことになって大っ変!!!申し訳ないですわ!!!」
腰に手を当て、仰け反りながらエリアノールは高らかに笑う。
「今年の『春』は、私の話題で総ざらいに間違いありませんことよーー!!」
はーーっはっはっは!!
おーーっほっほっほ!!
ひぇーーへっへ、ゴホガヘァ!!!
妹はやっぱり阿呆だなぁ、と残念な気持ちになるディオスとウェリアスであった。




