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衛兵達の会話

 


 *




「しかしこんな贅沢しちゃって良いんですかね」



 守備隊の若い衛兵は軽鎧を徐に脱ぎながらきょろきょろと辺りを見回した。


 柔らかく、暖かな真紅のカーペット。

 こんもりと弾力のある大きなベッド。

 小さいが職人の確かな意匠が凝らされたシャンデリア。

 眼を見張るほどの調度品の数々。

 三人部屋とは言え、それを差し引いてもやはり広々とした空間。


 若い彼は些か落ち着かない様子でソワソワと手近な椅子に腰掛けた。



「バルゲッド様たっての要望だ。有り難くありついておけ」



 若い衛兵に答えたのは低い隊長の声だった。

 彼もまた鎧を脱ぎ捨てると、ソファにゆったりと身を預け深く息を吐いた。

 その顔にはありありと疲労が浮かんでいる。



「衛兵如きにこの対応。まさか公爵様と同じ宿に泊めてくれるなんて……アルデライト家っていうのは神様かなんかなんですかね」


「お前はケッパーと同じく今回の遠征からの新入りだろうから知らないだろうが、アルデライト家は働きに応じてそれ相応の報酬をきちんと支払ってくださるぞ。まさに上に立つものの鑑だ」



 若い衛兵に答えたのは、茄子の様な顔が特徴の先輩衛兵だ。彼もまた、隊長の様な歴戦の雰囲気を醸し出している。



「へぇ。羽振りがいいんですね」


「羽振りが良いというより金の使いどころを分かってらっしゃる、若しくは義理堅いというのが正しいな。なんにせよあの家に仕えられるというのは最高に運がいいぞお前」


「奥方やお嬢様も綺麗ですしね」



 でへ、と新人の頬がだらしなく緩んだ。

 思い起こされるのはメリアとセレティナの美しい容姿。いくら広い王国と言えど、あれ程の美貌を持った女性はそうは居ない。


 特にセレティナ。

 未だ青い果実とは言え、あの美しさに横に並びたつ者はいないと彼には断言できる。



「おいお前、メリア様やセレティナ様に色目使ったらどうなるか分かってんだろうなァ……?」



 ぴしりと青筋が額に入った隊長が良い笑顔を浮かべた。



「いいいい色目など滅相も無い!」



 慌てて訂正する彼に、隊長は満足気に頷いた。



「ああそうだろうともよ。万が一狙ってますみたいな事を言ってたら密室トリックを使った愉快な完全殺人事件がこの王都最高級の宿で行われるところだったぜ」


「はは、隊長。若い彼を脅すのもそこそこにしてやって下さいよ。昔は貴方もメリア様に多少の色目を使ってたクチでしょう」


「おい、余計な事を言うな」



 睨む隊長に、先輩衛兵はのらりくらりと笑って躱した。



「そんな事よりも、先輩達に聞いておきたかったんですがセレティナ様やメリア様のあの異常な強さはなんなんですか……?俺まじでちびりましたよ」


「お前、『疾風のメリア』を知らんのか?」


「疾風の……?」



 目を丸くする新人。

 隊長と先輩はお互いの顔を見ると、深く嘆息を吐いた。



「え、なんですかその反応は」


「お前この世界に身を置くならもう少しそういう情報に気を使っといた方がいいぞ……」


「わ、わかりましたよもう。だから何なのか教えてくださいよ」


「伝説の女傭兵の名前。それが『疾風のメリア』だ」


「……え?傭兵?でもメリアって奥方の……、え?」


「今まで何食って生きてきたんだお前は。バルゲッド様とメリア様の婚約は国を騒がせる大ニュースだったろうが」


「えー……自分知らなかったっす……」


「隊長、俺は悲しいです。こんなウスラトンカチがアルデライト家に仕えてるだなんて」


「ああ、俺も全く同意見だ。こんなアンポンタンがうちの隊にいるなんてな」



 そうして隊長と先輩はまたお互いの顔を見て、馬鹿にでかい溜息を吐くのだ。



「メリア様は昔は伝説の傭兵だったんだ。そして俺と隊長も当時メリア様の腕に惚れ込んで舎弟をやってた傭兵でもある。隊の古い人間は大体は当時のメリア様のコバンザメをやってた荒くれたちさ」


「ああ。今のメリア様も美しいが当時のメリア様も美しく、そして何より途方も無く強かった。それに貴族に成られたと言ってもあの方の義理堅さは変わらない。こうして俺達を守備隊として手厚く雇用してくれたんだからな」



 しみじみと語る先輩と隊長にはやはり長年メリアに連れ添った深さの様なものが垣間見れる。

 新人はへぇ〜、とやはり頭の悪そうな相槌を打った。



「じゃあセレティナ様にも伝説の傭兵だったメリア様の剣才が色濃く受け継がれたって事なんですかね?」


「ああ。まあそうなんだろう。しかしセレティナ様の才能は……メリア様を遥かに凌いでいると言っても良いだろうな」



 思い起こされるのは数時間前にセレティナが見せた絶技とも言える剣の極致の数々。

 隊長はメリアとセレティナが度々稽古をしていたのを知っているが、セレティナの本気を見たことは一度としてなかった。



「あの天賦の剣才には流石に驚かされた。……もしかしたら、セレティナ様は継ぐ者なのかもしれん」


「継ぐ?何をです?」


「『英雄』の称号を、さ」



 ぞくり、と新人の背筋を冷たい何かが走った。


 英雄。


 かの伝説の英雄オルトゥスの横に並び立つ存在。

 それほどの才能が、あの小さな体に宿っているのだとしたら。


 新人の胸の内に、言い様のない興奮が漲った。



「……俺ら、すげぇ人達に仕えてるんですね」


「いまさらかよ」


「こいつやっぱりアホだわ」







 それから三人はセレティナとケッパーの体調の事や死んだ同胞、いくつかの業務連絡を話のタネに交えて会話をした後、ふかふかのベッドに潜り込んだ。


 衛兵の朝は早いのだ。

 夜更かしなどあってはならない。


 それに加えて明日は一日延期開催となった『春』だ。

 英気を養っておかねばならない。


 三人の寝息が聞こえてきたのは、ベッドに潜り込んですぐの事だった。


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