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冴え渡る剣

 





 空が割れた。


 そう錯覚さえしてしまうほどの絶叫だった。


 ぶよぶよとした四本の切り離された腕が、まるで蜥蜴の尾の様にのたうち回る。


 魔物はその顔を苦悶に歪ませ、セレティナを睨みつけた。

 返すセレティナの瞳は、まるでブレない。

 ゆっくりと宝剣『エリュティニアス』を構え、魔物の挙動を見計らっている。


 そこには力みも、焦燥もない。

 あるのは多分な余裕と、僅かに自分を律する程度の緊張。


 ケッパーは自分よりひと回りもふた回りも小さな少女の背中の陰で、得体の知れない安心感に包まれていた。

 本来守るべきである護衛対象に護られている事など、彼はとうに忘れていた。


 魔物と、セレティナ。

 先に動いたのは魔物だった。


 切られた四本の腕の切り口から、夥しい数の黒い触手が噴いて出た。

 それらはうねうねと畝り、まるで鞭の様にしならせながらセレティナに追い縋る。


 セレティナが、ふっと鋭く息を吐いた。

 二本の薔薇が絡み合う意匠を凝らした宝剣の柄を、小指と薬指で軽く支える様に握り直して触手を睨む。




 ---そして、迸る剣閃。




 ケッパーが一つ瞬きをする間に、二度三度とセレティナの宝剣が煌めいた。

 宝剣『エリュティニアス』は銀色の残光を走らせながら、清流を思わせる流麗な動きで触手の悉くを切り飛ばしていく。


 その剣速と淀みのない軌道はまさに神域。


 魔物の触手は、セレティナに決して届きはしない。

 無数の触手が一本のつるぎによって、全て御されてしまう。


 円舞曲ワルツを踊る様にスカートが弾み、髪が舞う。


 ケッパーは息をするのも忘れて、ただその光景を見ていた。


 美しい、と。


 そんな暢気な事をさえ考えながら。



「馬鹿野郎!何を見惚れている!俺らも行くぞ!」



 怒声が響き、ケッパーの意識が氷解した。

 見惚れていた守備隊が慌てて剣を抜き、魔物に向かって駆けていく。



「私が時間を稼ぎます!その間に!」



 セレティナが叫んだ。

 ひと息も付かぬ剣技を繰り出しながら、彼女の声音に宿るのは僅かばかりの焦り。

 いくら英雄級の剣の冴えを見せようとも、こうも触手に釘付けにされては彼女の体力は保たない。


 セレティナは辺りを付けた触手を数本切りとばすと、微かに空いたその空間に身を滑らせ、魔物の足元まで躍り出た。


『エリュティニアス』が高く、そして鋭く唸りをあげながら魔物の一本の足を容易く切り飛ばす。


 そうすると魔物は堪らずバランスを崩して地面に横倒しにその身を投げ出し、格好の隙を晒すことになる。



「うおおおおおおおお!!!」



 隊長が野太く声を滾らせながら、剣を逆手に持って魔物の顔面に飛びかかった。

 パンパンに鍛え上げられた腕が振り下ろされ、隊長の剣が力強く魔物の眉間を捉えた。


 剣が、硬質な肉をぶちぶちと貫きながら眉間に突き刺さっていく。


 魔物は堪らず絶叫し、力任せに首を振り上げた。



「ぐぉぁ!?」



 隊長はぶん、と振り回されて地面に激しくその身を打ちつけられ、痛みから肺の空気を全て吐き出した。


 そして彼に飛来する、無数の触手。

 セレティナに切り飛ばされた足の切り口からも、無数の触手が飛び出した。



「させない!」



 その間にセレティナの小さな体が滑り込んだ。

 セレティナから繰り出される宝剣が、隊長に迫る脅威の一切を切り飛ばしていく。


 しかし……



「はぁ…っ、ハァ……ッ」



 セレティナの額に、珠のような汗が滲み出す。

 荒くなる呼気に、喘鳴し始める肺。

 それは、彼女の活動限界を示唆するものに他ならない。


 セレティナの限界は、近い。


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― 新着の感想 ―
[一言] スポ根ものなんですね・・・
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