道中
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金の装飾を惜しげも無くあしらわれた漆黒の巨大な馬車が、無骨な騎兵に囲まれながら街道を進んでいく。
物々しい様相を呈しているそれに対して道行く旅商人達は足を止め目を丸くするが、一拍を置いて得心すると、なんでもないというようになんとか取り繕ってそれとすれ違っていく。
そう、この時期は大規模な夜会が王都で開かれる為こういった貴族の華やかな馬車が街道を抜けていく光景は然程珍しいものではない。
とは言え、アルデライト家の拵えた黒馬車はやはりそこらへんの貴族のそれとは一線を画しており、人目を奪うのに労はない。
まるで軍馬の将とでも言ったような威容を誇る白馬は猛々しく、それでいて美しい。
その白馬に引かれる黒檀の車体は金によってエレガントに飾り立てられ、近づくだけでもその金の掛かり様に畏れを抱いてしまう。
そんな馬車が、ガタゴトと体を揺らしながらセレティナを乗せて運んでいく。
セレティナが窓から外を覗き見ると、疎らであった人の通りがそこそこに多くなった事が見受けられた。
王都は近い。
セレティナの心臓が高鳴った。
「セレティナ、お前それいい加減に荷台にしまっとけよ」
ふと対面に座る寝起きのイェーニスが欠伸をしながら、セレティナが愛おしそうに抱いているそれを指差した。
「もう少しだけ持っていても……」
「いやもう王都近いし、物騒な女がやってきたと思われたらどうするんだよ」
「うっ……」
セレティナが心底嫌そうにしているのを見たバルゲッドは大口を開けて笑った。
「セレティナよ。騎士を目指すのは今回の初社交界で立派な淑女になったというのをメリアと王族貴族に大いに示してから、というのを努努忘れてはいかんぞ」
「……承知しております」
不承不承と口を尖らせながら、セレティナはそれをエルイットに手渡した。
宝剣『エリュティニアス』。
所謂細剣と言われる部類に入る一本の剣を、エルイットは恭しく受け取った。
「あぁ……」
まるで恋人の様に愛剣との別れを惜しむセレティナに、メリアは深く息を吐いた。
「どうしてこんな風に育ってしまったのかしら」
「はは。しかしセレティナに剣の才があったのは四年経った今でも驚いているよ、なあメリア」
「……ええ。この子は元々才能はあったのでしょうけど、ね。体の弱さは心配なのだけれど」
この四年、剣の稽古をセレティナにつけてきたメリアは骨身に沁みて分かった事がいくつもあった。
まず、セレティナは剣神に寵愛を受けているということ。
虚弱な肉体からは凡そ想像もつかない程の才能がセレティナには眠っている。
長年第一線の戦場に身を置いてきたメリアでさえ、舌を巻く程に冴え渡るセレティナの剣技は筆舌に尽くしがたい。
その才能はまさに騎士になれと、運命の神イリュスが導いているかの様に。
そしてもう一つ。
セレティナには剣の才能はあっても決して戦の才能は無いということ。
やはりセレティナの体は四年鍛えようが弱いままだった。体の成長に合わせて漸く細身の剣を振るう事はできても、余りにも彼女には体力が無い。
五分程も運動を続けていれば何かしら体が拒絶反応を起こし、療母がストップを掛けずともセレティナはヘタれてしまう。
その才能に、その肉体は余りにも惜しい。
母としてでは無く、ひとりの戦士だった者としてのメリアの感想はそれだった。
メリアは今一度深く溜息を吐いた。
なまじ娘に才能がある上に、その意思は鋼よりも硬い。
時が経つにつれて騎士として生きるという気持ちが風化するかも、と僅かばかり期待していた自分の愚かさにメリアは嘆くばかりだった。




