不安と期待
毎年恒例となっている大きな社交界が春と秋に催される。
王族から末端の貴族までが一堂に会す、国内に於いて最も大規模な夜会だ。
通称『春』と『秋』と呼ばれるその夜会に於いて、今回セレティナが参加するのは『春』だ。
セレティナは浮き足立っていた。
初社交界を迎える事に、ではない。
今回の夜会には王族から招かれているのだ。
つまりセレティナが敬愛して止まない王に、直に謁見できる事となる。
オルトゥスが没してセレティナとして生まれ変わってから、初めてその瞳に王を映すことが出来る。
セレティナの心は喜びに打ち震えていた。
それに、だ。
王には『三つ星』と呼ばれる三つ子が居る。
セレティナと同い年の王子が二人に、姫が一人。
今回なんとその『三つ星』も夜会に参加するというではないか。セレティナの胸中は小躍りせんばかりに高鳴っていた。
王に会えるばかりか、王の子にまで会える。
化粧台の鏡に映る自分の口端が、勝手に上がった。むふ、とセレティナは笑みを零した。
「あなた今日はずっとニコニコね」
メリアの手によって、アイラインが一縷の淀みなく引かれていく。
「はい。王に会えるばかりか三つ星にまで会えるのですから。嗚呼、なんと素晴らしい……」
うっとりと恍惚を浮かべるセレティナに、メリアはやれやれと苦笑した。
「王の事となるといつもそうね」
「セレティナ様も女の子ですからね。でももしかしたら三つ星のどちらかにセレティナ様が見初められたりなんかしちゃったりするかもしれませんね。ぽっ」
わざとらしくエルイットが両頬に手を当てると、セレティナは思いがけず咳き込んだ。
王の子に見初められるなど、恐れ多い。
「もう、エルイットは勝手な事ばかり言って。私と姫がそのような関係になるなど……」
「セレティナ、あなた大丈夫?それを言うなら王子と、でしょ?」
「あっ」
やってしまった。
やはり何も意識していないと、自分が女であるという事をセレティナは度々忘れてしまう。
「そうですよね。ついうっかり」
セレティナは乾いた笑みでなんとか取り繕うと、その場を誤魔化した。
……しかし王子に万が一求婚されるなんて事があったら。
その可能性は否定できない。
何故なら公爵家の娘とは王族を除けば最も高貴な存在であり、花嫁候補としての資格は十二分にあるのだ
……王子に求婚されて、断る事なんてできるのだろうか。
じわじわと、セレティナから血の気が引いていく。
王の子と言えど、流石に男とまぐわう勇気はセレティナには無い。
されど王子の求婚を拒むなど、それも公爵家の対応としては余程あり得ることではない。
「セレティナ、大丈夫?」
メリアの顔が、心配そうにセレティナを覗き込んだ。
「ええ、ええ。大丈夫です、大丈夫ですとも」
粘つく唾液を飲みくだし、セレティナは静かに決意する。
今回の夜会は余り王子に目立たぬ様に立ち回ろう、と。
セレティナの膝に置かれた小さな握りこぶしが、決意とともにキュッと硬く結ばれた。




