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春よ、こい

新章突入です

 





わたくし貴女の事が嫌いよ」






 突然の死刑宣告。


 ……に、近い言の葉がその少女の口から紡がれる。


 敢えて説明するが、その言葉自体が生命や社会的立場を死に至らしめるというものではない。


 だがしかし、セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライトにとってその少女がはっきりと自分を拒絶したという現実は、何物にも堪え難い刃となってセレティナの心を抉った。


 少女は言うだけの事を言うとふんと鼻を鳴らし、ドレスを翻すとヒールをコツコツと小気味よく鳴らして去っていく。


 セレティナはただその背中を呆然と、死んだ魚のような目をして見送るばかりだった。


 セレティナは死んだ。

 立ったまま死んでいた。


 その少女の名は、エリアノール・ヘイゼス・エリュゴール・ディナ・プリシア。


 セレティナが仕えるべきの王の愛娘にしてエリュゴール王国が第一王女、それがエリアノールという少女だ。


 騎士セレティナは、主君エリアノールに嫌われているというどうしようもなく無慈悲な現状をまざまざと叩きつけられ、白目を剥き、泡を吹いてその場で倒れた。






 ……話は遡る。







 *







 黄金の髪は腰程までに嫋やかに垂れる。

 ツンと伸びた睫毛の奥の群青色の瞳は、何物にも代え難く純潔と高潔を示している。

 すらりと伸びた手足は滑らかな陶器を想起させ、初雪の様に白くきめ細かい肌は僅かに桜色の血色を湛えている。


 セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト、十四歳の春。


 彼女の見目はある程度の幼さを残しながらも、より一層の美を極めていた。


 身長が伸びて輪郭や目力がシャープになり、控えめに膨らんだ乳房と臀部はより女性らしくなったと云えよう。

 幼かったセレティナは天使や精霊を彷彿とさせたが、そこに大人の色香を含み、魔性の美しさすら演出している。



「セレティナ様……!より一層お美しくなられて……!」



 侍女のエルイットはセレティナの美しさに感激し、その身を震わせて泣いていた。

 比喩でもなんでもなく、ぽろぽろと瞳から雫を零している。


 セレティナの袖に通されるは、十歳の誕生日に着たあの真紅のドレスを今のセレティナの背丈に合わせ、仕立て直したものだ。


 同じ人間が、同じドレスを着ているというのに、かくも印象が変わるものか。と、セレティナ自身も繁々と姿見に映る自分を見つめた。


 セレティナは美しい。

 セレティナとしてはとうの昔から自覚していた事だが、やはりこうして着飾り、鏡の前に立たされると嫌でも再認識される。


 より肉体が女性らしく発育し、精神も淑女として律していく自分に対して、セレティナに思うところがないわけではない。

 しかしそれが不思議と嫌でもない、というのも事実だ。


 ……こうして鏡の前に立つと、セレティナは分からなくなる。


 果たして自分はオルトゥスで在りたいのか。

 それともセレティナで在りたいのか。


 さんざ考えても、結論は出ない。

 それに結論を出す気もない。


 オルトゥスはセレティナ。

 セレティナはオルトゥス。


 令嬢の肉体に、騎士の精神こころ


 そんな曖昧な自分をセレティナは好いている。


 だからこそ彼は、彼女は、ありのままに生きて、自分の信念のみを貫く。


 そう、心に誓ったのだ。



 オルトゥスはそっと、鏡に手を置いた。

 セレティナが応じるようにそれに手を重ねる。



 それがなんだか自分で可笑しくて、二人は笑った。




「ご機嫌ね」


「お母様」



 セレティナはその声に応える。

 メリアはニコリと笑うと、豪奢な化粧台ドレッサーの椅子を引いて、ぽんぽんと叩いた。



「おいで。とびきり綺麗にしてあげる」


「お母様が?嬉しい」



 メリアに応えるように、セレティナも微笑んだ。

 しずしずと椅子に座ると、メリアの繊細な手が、両の肩に置かれる。



「緊張してる?」


「いえ。ちっとも」


「ふふ、それでこそアルデライト家の娘ね」



 メリアの目が満足そうに細ばんだ。



初社交界デビュタント、頑張ってね」



 セレティナが、力強く頷いた。


 そう、セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト、十四の春。

 今日はアルデライト家が待ち望んでいた彼女の初社交界デビュタントの日なのだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最後の行、「彼女のデビュタント」とありますが、デビュタントとはデビューする人のことを指すのでここの用法は間違っていると思います。 普通に「彼女のデビュー」が正しいかと。
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