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語り合う

 


 それから母娘おやこは、語り合った。

 まるで親と子の失っていた関係を取り戻す様に、本音で語り合った。


 メリアは気恥ずかしそうに傭兵だった頃の自分、平民でなおかつ孤児であった時代、初の社交界での失敗、そして厳しい教育をセレティナに押しつけていた事への謝罪……をセレティナに語りかけた。


 そこには嘗ての二人の間に流れていた緊張感は無い。


 セレティナはニコニコと、メリアの告白を聞いていた。まるで古い友人の仲であるかの様に。


 セレティナは、嬉しかった。

 母の前では淑女である事が絶対。

 淑女でない自分は、彼女にとって無価値なのかもしれない……という思いが少なからずあった。


 セレティナはメリアが大好きなのだ。

 初めての自分の母であり、初めて家族というものの温もりを与えてくれた慈しむべきメリア。


 だからこそ、セレティナは淑女として振舞い続けてきた。

 メリアに嫌われたくないが為に。


 だからそう、今のこの時間はセレティナにとって夢のような時間だ。


 貴族夫人という殻を破り、赤裸々に語る母の姿が嬉しくて仕方がない。


 メリアの語る事はセレティナにとって驚きの連続だった。

 あの白銀の鎧姿さえ見ていなければ、その半分でさえ信じれなかったかもしれない。


 まるで公爵夫人という言葉をそのまま人型にとったようなメリアとは掛け離れている母の過去が可笑しくて、セレティナは楚々として笑った。



「お母様は努力をしてこられたのですね」


「ええ、努力なんてものじゃないわ。何せ敬語さえ知らない平民だったもの。自分でもよくここまでこれたと思うわ」


「ふふふ」


「……幻滅した?」


「え?」



 メリアは、恐る恐るといった様子でセレティナに尋ねた。



「だって私、昔は傭兵だったのよ?スカートさえ穿いた事のない女に、あれだけ躾けられて……」


「お母様」



 セレティナの目が、優しげに細められた。



「私はお母様の……そしてアルデライト家の娘です。感謝こそすれ、お母様に幻滅するなんて有り得ません」


「セレティナ……」


「立派に、淑女として育てられたことを私は誇らしく思います」


「……ありがとうね」



 メリアの手が、優しげにセレティナの頬を撫ぜる。



「それと、もう一つ謝らなくちゃいけない事があるわね」


「謝ること?」


「……貴方の騎士になりたいって夢、嘲る様な真似をして本当にごめんなさいね」


「お母様……」


「私ね、イェーニスに怒られてしまったの。セレティナは本気だって。だから自分も協力して家を飛び出して、手柄を立てさせようとしたんだって。それに唆したのは自分だからセレティナを責めないでくれと泣きながら縋りついてきたわ」


「お兄様が……」



 メリアは微笑んだ。



「貴方達が勝手に家を飛び出していったのは決して褒められる事ではないけど、それでも私は思ったの。子供の想いを受け止める事も、親の責任だって」



 ねえ、セレティナ。

 メリアは問う。



「あなたは本当に騎士になりたいの?」



 セレティナは力強く頷いた。

 その群青色の瞳は、嘘偽りの色に決して濁らない。



「何故?あなたの前には他にいくつもの道が拓けているわ。それも安全で、平穏な幸せの道が待っているのよ。それにあなたは体が弱いの。戦場に出れば休んでいる暇はないのよ」



 メリアは滔々と語る。

 戦場を駆けた傭兵としての側面、貴族社会に身を置く公爵夫人としての側面。


 そこに嘲りや侮りの色は見受けられない。

 メリアの表情は真剣そのものだった。


 セレティナはその瞳を受け、



「ごめんなさい、お母様」



 頭を深々と垂れる。



「お母様、これは私の我儘に過ぎません。公爵家の娘として、為さねばならない事がある事も承知の上なのです」


「では、何故?」


「この国を、憂いているから」


「国を……」



 メリアの眉根が僅かに顰めた。



「……『災禍』から十年。エリュゴール王国の民草は未だ魔物達の影に怯え、その脅威の元に晒されています。私は、私がその脅威を払う剣となりたいのです」


「あなたのその体で、何ができるというの?」


「何ができるか……。いえ、何かしなくてはいけない……自分が何かを守りたいという意思……、そういうものに突き動かされて『災禍』の英霊達はその身を戦場に置いたのだと思うのです」



 セレティナは続ける。



「きっとかのオルトゥス……様、もきっと強いから戦場に出たのではなく、そういう強い意思に動かされたのだと……私はそう確信しています」


「何ができるか、ではなく何を為すか……ね」



 メリアは微笑んだ。

 それはきっと、娘の成長を誇る母の表情だった。



「体が治り次第、また淑女レディーとしての特訓は再開するわよ。あなたには初社交界デビュタントが控えているんだから」


「お母様……」


「……そして体の調子がいい時にだけは特別、私が剣の稽古をしてあげる」


「お母様……!」



 セレティナの表情に、向日葵が咲いた。

 メリアは気恥ずかしそうに前髪を弄ると、顔を背けた。



「まずは公爵令嬢としての責務をあなたは全うすること。騎士になる夢はそれから考えなさい」


「はい!はい!お母様!」


「ああ、もう。そんな嬉しそうな顔しちゃって……。いいこと?いくら鍛えても剣がものに出来なかったら、私は絶対にあなたを騎士になんてさせませんからね。ただでさえ体が弱くて心配なんだから……」



 満面の笑みを浮かべるセレティナと、照れ臭そうに後ろ髪をかくメリアの姿は、どうしようもなく仲睦まじい親子の姿だった。



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