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英雄と令嬢

肩を切り落とした→手首を握り潰したに表記変更しました。

 


「あなた……!」


 唖然とするメリア。

 それから事態が収拾するのは早かった。


「ええい何をしておるかお前達!早くこの者を拘束せよ!」


「うっっ……ぐぅうおお……!」


 ひしゃげた手首の痛みにのたうつギィルを押さえつけるバルゲッドの鶴の一声で、どこからともなく衛兵達がどやどやと集まってきた。

 軽鎧を身に纏う彼らは皆一様にぐってりと汗をかいている。


「バルゲッド様!我らの側を離れませんようにとあれほど」


「待て!逸早く屋敷を飛び出された奥方もいるぞ!」


「捜索していたご子息……ご息女まで!」


「そんな事はどうでもよい!早くこの男を抑えよ!」


「し、失礼しました!」


 バルゲッドが唾を飛ばしながら檄を飛ばすや否や、衛兵達は折り重なるようにしてギィルに群がっていく。

 むさ苦しい男達に潰され、ギィルは蛙を握り潰したような悲鳴を吐いた。



「メリア!無事だったか!」


「あなた!それより子供達を……!」


「ああそうであるな!」


 バルゲッドの太いかいなが、イェーニスの小さな体を抱き起こした。イェーニスは繊細な睫毛を湛えた瞼を閉じ、深く寝息を立てている。


「イェーニス……無事でよかった」


 バルゲッドは医術に精通してはいないがイェーニスが無事であると直感し、深く安堵の息を吐いた。


 ……しかしバルゲッドの安堵の時は束の間だった。



「セレティナ!セレティナ!」



 メリアの絹を裂いたような悲痛な叫びが、鼓膜を揺らしたからだ。


 娘の身に何が。


 バルゲッドは不安に駆られ、いてもたってもいられずイェーニスを抱えたままメリアに駆け寄った。


「なんと……」


 バルゲッドは、絶句した。

 頭に登る血潮がどろりと腹の腑に落ちていく感覚が巡る。


 セレティナは酷い有り様だった。

 剥き身の手足は擦り傷に塗れ、口元には吐いた血が多量に流れており、ひゅうひゅうと冬の乾風のように短く鋭く喘鳴している。それでいてメリアが呼びかけても全く反応を示さない。


 命に危機が及んでいる事は、火を見るよりも明らかだった。



「この街で一番の医師を呼べ!金に糸目はつけん!急げ!」



 殆ど絶叫に近いバルゲッドの命令が飛ぶ。

 その表情には悲しみと哀れみ、それより何よりも怒りが満ち満ちていた。



「お前ェ!」



 ずん、ずん、ずん、と。

 バルゲッドは拘束されたギィルに食って掛かった。まるで射殺さんばかりの眼光をその瞳に湛えて。



「私の娘をあのような目に合わせおって……!許さぬ!」



 バルゲッドの岩のような拳が、理性の枷を外して容赦なく飛ぶ。

 鈍い音が二度三度続いた。

 拘束されたままのギィルは、しかし殴られるままに頬を差し出した。


 衛兵達の静止の声が飛ぶ。

 バルゲッドの耳にはそれが入らない。

 やがて衛兵達が力づくで止めるまで、バルゲッドの私刑は続いた。









 *








 英雄オルトゥスは目を覚ました。

 背中に伝わるやけにふかふかとしたベッドの感触と、それと几帳面な木目の天井が視界に広がった。


 かち、こち、かち、こち。


 呆けたようなオルトゥスの耳に、壁掛け時計の音のみが木霊する。


 ……ややあって彼は体を起こすと、身に覚えのない腹の痛みに呻いた。毛布を捲り、確認するとやけに白い肌が鬱血したように青い血溜まりの痣を作っている。


 こりゃまた酷い傷だな。


 まるで他人事のように思うと、オルトゥスは両腕に木乃伊の様に巻かれた包帯に気づき、尚更顔を顰めた。


 なんなんだこの傷は。

 これでは魔物を殺せない。


 オルトゥスは嘆息を吐いた。

 王の御側に仕える自分がこうでは、まるで部下達に示しがつかないではないか。




 ---ガチャリ。



 ぼやいていれば、扉が開いた。

 オルトゥスが鷹揚にそちらを仰ぎ見ると、美しい女性が目を見開いて彼を凝視していた。その群青色の目端に、大粒の雫を湛えながら。


「セレティナ!」


 美女がオルトゥスに駆け寄った。


 ……セレティナ?

 誰だそれは。


 オルトゥスは困惑した。


 美女は、熱く、それでいて優しく彼の体を抱き締めた。


「ああ、セレティナ。セレティナ……。目が覚めて良かった……」


 暖かい体温。

 どこか安心できるその温もりが、オルトゥスの心を満たした。


 その温もりは、英雄オルトゥスの知らない温もりだった。


 だがしかし、彼は……彼女はそれを知っている。



 ああ、そうか……。


 俺は……いや、私は……。



 セレティナは思い出した。

 死の直面、母が戦乙女となって自分を救い出してくれた事を。


 記憶が氷解し、英雄オルトゥス令嬢セレティナが流れ込んでいく。


 メリアの温もりに、セレティナは泣いた。

 母と共に泣いた。


 英雄と傭兵だった二人は、今はまるで無垢な子供の様にいつまでも抱き合い泣き続けたのであった。



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え?なに?死の淵で人格入れ替わったん?
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