大きな笑みを浮かばせて
メリアの長剣が銀の残光を走らせながら、のたうつギィルに襲いかかる。ギィルの刀が弾かれるようにそれとかち合い、甲高い音を鳴らした。
ギィルは打ちつけられた痛みから表情に苦悶を滲ませ、体を捻ってやっとの事で体を弾き起こす。
しかしギィルに息つく暇はない。
瞬く間に、目の前にメリアの剣戟が打ち乱れる。それは野暮ったく、まるで教科書に唾を吐いた様な荒々しい太刀筋だ。
嵐だ、とギィルは連想した。
お互いの刃を切り結びながら、その美しい容姿に全くそぐわぬ獣のような剣にギィルは皮肉ったらしく苦笑する。
「お前はそいつの母親か」
メリアの瞳に憤怒が燃える。
「貴様は殺す」
「成る程この親にしてこの子あり……というやつか」
剣と刀が衝突し、一際大きく火花が散った。
……強い。
両者の思いは同じだった。
それと同じくして、両者の警戒レベルがぐんと引き上がる。
何度かの打ち合いの最中、達人の域にまで達している両者はお互いの身のこなしや間の取り合いをつぶさに観察してきた。
「人攫い風情がこのメリア・ウル・ゴールド・アルデライトに歯向かおうなど……身の程を知れ」
「アルデライト……?まさか公爵夫人か。全く血の気の多い貴族もいたもんだ。娘もナイフを振り回すわけだわ」
「今その首を晒すか、法に裁かれた後に首を晒すか選べ」
「どちらも結構。俺は死んでる暇はねぇんだ」
「そうか、なら今殺す」
メリアの長剣が鋭い声をあげなからギィルに殺到する。
刹那の間に二度三度、恐ろしい速度で剣戟が交わされた。
およそある程度極めたものにしか到達しえぬ両者の剣技は、鋭く冴え渡る。
英雄の領域には届かずとも、メリアとギィルの立てる領域というのは大陸の中に於いてもごく僅かだ。
まるで殺陣のワンシーンでも切り取ったかのように、互いの剣がすれ違い、交錯する。
しかし緊張、疲労、精神の磨耗……瞬く間に交わされる殺し合いというのは、それ相応に消費されるエネルギーは多い。
……二人の殺し合いはそう長くは持たず、やはり終劇はすぐに訪れる。
意外にも先に音をあげたのは、ギィルだった。
珠のような汗を滲ませ、腕は震え、心は痩せ細る。
セレティナに打ちのめされ、メリアに蹴り飛ばされたダメージはやはり大きかった。
大きく息を荒げるギィルに、メリアは容赦せず長剣を叩き込んでいく。
「そろそろ限界だろう。手を緩めれば直ぐに介錯してやる」
「ハァ……ハァ……なぁ、おい……」
「なんだ」
「息子は愛しいか?」
「なにを---」
一際大きく、大袈裟にメリアの長剣が弾かれる。
ギィルは刀を手放すや否や大きく距離を取ると、イェーニスの首根っこをひっ摑んだ。
「貴様ぁ!」
メリアは震えた。
恐怖にではない、燃え盛る自身の怒りにだ。
「剣を捨てろ」
未だ目覚めぬイェーニスの白い首筋に、ナイフがあてがわれる。
「イェーニスから手を離さんかこのクソッタレめ!」
「剣を捨てろ!」
……沈黙が流れる。
メリアは獣の呻きを上げ、ギリギリと歯軋りを鳴らすと、剣を捨ててギィルを睨んだ。
まるで睨み殺すかのような憤怒を孕んだ眼光に、ギィルはしかしたじろがない。
はぁ……はぁ……。
ギィルは安堵する。
公爵家に喧嘩を売っている現状は不味いが、しかし今生きていているというのは彼にとって嬉しい誤算だった。
セレティナにメリア。
人質でも取らなければギィル如きが敵う相手ではない。
さてこの後どうするか。
ギィルは考える。
……そして彼の頭に邪な発案が浮かび上がった。
まずは丸腰になったメリアを殺して---
ギィルのイェーニスを掴んでいた手が、ギィルのそれより一回りも大きい手によって握り潰された。
「……え?」
ギィルは唖然とし、ぽん、と肩に置かれた手に振り返った。
「私の愛しい妻と息子達になにをしているのだね?」
バルゲッドが、形の良い髭をにんまりと崩して笑っていた。
その額に、大きな青筋を走らせて。




