母の姿
程なくして、バルゲッドとメリアは二人の子供をもうける事となる。
元気な男の子が一人、その一年後に女の子が一人と子宝に恵まれ、二人は父親似の兄をイェーニス、母親似の妹をセレティナと名付けた。
二人は子の誕生を大いに喜んだが、しかしメリアはそれと同じ程度の不安を人知れず抱える事になる。
公爵家の夫人として、子供達を立派な貴族に育てる事ができるのか。やはり平民の血が混じってるのだと、蔑まれる事にはならないのか。
メリアは酷く悩み、劣等感という種を心の奥に植えつけてしまう。
そうしていつしかメリアは奔放だった事を忘れ、自分を必要以上に律し、かつてメリアが嫌いだった『お貴族サマ』になったのだ。
*
セレティナ、ごめんなさい。
メリアは懺悔する。
それは自分の劣等感を押し付けていたこと、怖い母親でいてしまっていたこと、そして……娘の夢を嘲笑ってしまった事に対する懺悔。
『騎士になる』
そう告白したセレティナの瞳には、間違いなく覚悟が宿っていた。
きっと怒る母親が怖かったのだろう、その手が震えていたのをメリアは知っていた。
されどメリアはそれに目を背け、野蛮だなんだと娘の夢を罵ってしまった。
酷いことをしてしまった、という自覚はあった。
……メリアは本当は嬉しかったのだ。
剣を握ろうとする娘に、確かに傭兵だった頃の自分の血が流れているのを感じて。
この子はきっと強くなる。
何故なら私に似ているのだから。
体が弱い娘に、そんな分かりやすい親の欲目が出てメリアは少し頬が緩んだ。
しかし母親の想いは、貴族サマに握り潰された。
心に巣食った劣等感は、たちまちメリアを飲み込み喰らい尽くした。
公爵家の体面。
淑女としての振る舞い。
公爵夫人としての教育の失敗。
『あの調子じゃ、あの女から産まれる子供もさぞ粗暴な子になるに違いない。アルデライト家はもう終わりだな』
そしてあの言葉が過ぎった。
娘が剣を取れば、あの言葉が的中する事になってしまう。メリアはその思いで一杯になり、そして……
……娘に手を上げた。
頬を打ったのに、まるで自分が打たれた気にさえなった。
メリアはその時目が覚めた。
セレティナに過度な教育を施しているのは、セレティナの為じゃない。
自分の独り善がりなんだ、と。
自分と同じ思いをさせない為に、セレティナに完璧な淑女としてのいろはを叩き込んでいる。そんな瑣末な理由を免罪符にして、メリアは自分の劣等感を慰めていたのだ。
セレティナ、ごめんなさい。
メリアは何度でも懺悔する。
わがままを言ってもいいから。
本音を怯えずに語ってもいいから。
食事中でも、大口を開けて笑っていていいから。
だからもう一度、私に夢を語りかけて。
もう、どこにもいかないで。
「セレティナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
メリアは吠えた。
吠えて、娘を脅かす男を思い切り蹴り飛ばした。
その姿は、既にメリアが嫌いだったお貴族サマではない。
その姿は、どうしようもなく子を守る母の姿であった。




