表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/206

【第二巻発売記念特別SS・狂信者】2/4

 




『約束の丘』という場所がある。


 王都の中心から少し離れた郊外にある場所だ。

 春は花々が咲き乱れ、夏は蒼い若草が茂り、秋には紅い落ち葉の絨毯が敷かれる。冬には深雪がしんしんと積もり、それは美しく幻想的だ。


『約束の丘』の切り立つ崖。

 北の大陸に続くムーティア海を一望できる場所に、巨大な石碑がひとつ聳え立つ。


 芸術的な威容を誇るそれは先の大戦『エリュゴールの災禍』に於いて王国を守護し、勝利の果てに戦死したかの英雄オルトゥスの為に建立された慰霊碑だ。


 国内外問わずこの地には年間何十万もの人々が訪れ、の魂がせめて安らかに眠れるようにと参拝していく。今でこそ鎮魂祭の季節ではないが、それでも参拝人の姿は決して少なくはなく、英雄がこの時代に遺した偉大な功績と人望は誰が見ても明らかなものであった。


 エイフィアは慰霊碑まで続く石畳に差し掛かると、僅かに気を引き締めた。手にした青い花を握りしめ、確かな足取りでそこを歩いていく。


 彼女はここに来る度に気が引き締められ、そして僅かな悲しみを胸に抱いた。



「……」



 革のブーツの足底でしっかりと石畳の感触を捉えて緩やかな坂を上っていくと、彼女にも漸く切り立つ石碑の頭が見えてくる。


 そして……。



「あ……」



 思いがけず、言葉がついて出た。


 見知った男の背中を石碑の前に見つけたからだ。

 いつもの漆黒の鎧と翡翠の外套は見当たらないが、あの几帳面そうな立ち姿は彼女が良く知るあの男のものに違いなかった。



「団長」



 エイフィアが声を掛けると、男は少し緩慢な動きで振り返った。


 意思の強さを思わせる眉に、いつも真一文字に引き結ばれた唇。


 小柄なエイフィアなどすっぽりと覆ってしまいそうなくらいに大柄なその男――エリュゴール王国騎士団長ロギンスは、彼女を見るや少し意外そうな表情を浮かべた。



「エイフィア君……君もここに来ていたのか、奇遇だな」


「団長こそ。今日は非番ですか?」


「ああ。午後からな」



 そう言うロギンスの手には、エイフィアと同様の青い花が一輪握られていた。そしてそれは、慰霊碑の前にも何千本と置かれている。


 そのどれもが真新しく未だ瑞々しいもので、ここ最近だけでもどれだけの人間が参拝にきたのだろうと想像の及ぶところではない。


 ロギンスは膝を着いて自分の花もその中に優しく添えてやると、心臓に右手をあてがい、頭を垂れた。エイフィアもそれに倣う様に、彼の隣で同様の礼を尽くした。


 目を閉じ、頭を垂れる彼らの耳には穏やかな波音と、柔らかな風の音が静かに寄り添う。



「……」



 数拍を置いて、どちらともなく立ち上がる。



「いつ来ても、凄い献花の数ですね」



 亜麻色の横髪を耳に掛けながら言うと、ロギンスは穏やかに目を細めた。



「……ああ。鎮魂祭の季節でもないのに、な。オルさんがどれだけの人を救ってきたか、どれだけの人に愛されていたのか……。全く本当にあの人は、想像を絶する程の『英雄』だ」



 少し弱った様な、困った様なロギンスのその微笑みは、普段のカタブツな彼しか知らぬエイフィアにとっては新しい発見だった。



「……ここには団長もよく来られるのですか?」


「よくは来ない。だが、何か思いつめたときや、考えが煮詰まったときには来るようにしている。何か力が貰えそうな気がしてね」


「団長は今、何か悩んでおられるのですか」



 エイフィアが問うと、ロギンスはしまったといった風に(しか)め面を晒した。

 どうも彼は人に弱さを見せるのを好いていないようだ。



「いや、さっきの発言は聞かなかったことにしてくれ」


「……そうですか」


「それより、君もここへは良く来るのか?」


「ええ、殆ど毎日」


「……毎日? それは驚いた」



 これにはロギンスも目を丸くした。

 休暇の度に来る程度ならまだなんとか分かるが、任務や訓練を熟した上で毎日ここへ通うとなれば中々骨だ。


 ……いや、骨だ、というには表現が優し過ぎるだろう。


 例え恋人に会えるとしても、この距離を毎日往復するなど、余程の熱量がなければ無理だ。

 雨の日も、鬱々とした気分の日だってあるだろう。しかしエイフィアは……。



「……?」



  彼女は、小首を傾げていた。

 何か変な事を言ったのか、と自分の発言を思い直しているのかもしれない。

 だが、彼女は訂正もしなければ恥もせず、堂々とした態度だった。



(……このエイフィアという娘……)



 エイフィアのオルトゥスという故人に対する並々ならぬ執着のようなものを感じたロギンスの背中に、氷が張り付いた。


  只の優秀な騎士としか評価していなかったエイフィアに、この様な狂気が潜んでいたとは思うべくもない。



(いや……狂気と呼ぶには早計か。只の熱狂的なファンなだけやもしれん)



 ロギンスはそう思って、首を振った。

 少しでも部下の事を狂人扱いした自分を恥じたからだ。


 そんな彼を、エイフィアの端正な顔が心配そうに覗き込んでいた。



「どうかしましたか?」


「あぁ。いや、何でもない。気にしないでくれ」


「……団長も、色々あるのですね」


「ああ、そうだとも。それよりよければどうだいこの後」


「へ?」



 エイフィアは素っ頓狂な声が頭から出た。



「どう、とは?」


「食事に誘っているんだが」


「えぇ!」



  余りに遠慮のない彼女の驚嘆に、ロギンスは堪らず笑みを零した。



「駄目なら構わないが」


「い、いえっ! 光栄です! お供させて頂きます」



 堅物という文字を現実に起こした人物……それが、ロギンスという男だ、と思っていたエイフィアは、まさか彼から食事に誘われることなど想定外であり、また、憧れの騎士と共にプライベートを過ごせる事に喜びを感じていた。


 まあ、一方のロギンスといえば勝手にエイフィアの事を狂人呼ばわりしてしまった罪滅ぼしをしたい……という極めて糞真面目な理由から彼女を食事に誘った訳だが、そんなお互いの心中を知る者などいないわけなのだが。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ