淑女の務め
それから時を置いて二人は結ばれるのだが、その道程は消して平坦なものではなかった。
貴族と平民。
公爵と傭兵。
余りに住む世界と身分の違う二人の婚姻はアルデライト領のみならず、エリュゴール王国の中に於いても大きな波紋を呼んだのだ。
もとより公爵のバルゲッドには数多くの縁談が持ちかけられていたのだが、それらの一切を切り落としてメリアを娶った事で、周辺貴族からは白い目で見られる事となった。
しかしバルゲッドは周りの反応を全く意に介さずメリアを愛し続け、そしてメリアもまた妻としてバルゲッドの愛を受け入れた。
平和な日々だった。
このまま、幸せの絶頂が永遠に続くものと思われた。
だが、メリアの前に大きな障害が立ちはだかる。
バルゲッドと結ばれるとはどういう事を指し示すのか。
……それは、メリア自身も貴族になるという事だ。
貴族というものは、社交界が付き物である。
事あるごとに夜会が催され、貴族としての品格が試される重要な付き合いだ。
……貴族の社交界とは、ただ煌びやかで金持ちがおべんちゃらを言い合う様な温いお遊びではない。
教養、品位、舞踏の技術、装飾品の趣味……あらゆる角度から各家々の誇りとプライドを賭けた戦場なのである。
しかしメリアはハイヒールはおろか、スカートすら履いた事が無い女だ。
剣を振り翳して魔物を殺す事しか能が無い彼女は、ダンスのステップなど踏めるはずもなかった。
かくして、メリアは初めての社交界で大恥を晒す事になった。
挨拶は余りに気品に欠け、貴族達の話に全くついていけず、テーブルマナーも知らない彼女は軽食を雑に平らげ、初めて履いたハイヒールで踊った彼女はまるで産まれたての子鹿であった。
初めての社交場は、メリアへの嘲笑で溢れかえった。
『流石卑しい平民だな』
『傭兵というのは教養を知らない野蛮な生き物ですからな』
『御覧なさい、あの珍妙な踊りを』
『バルゲッド公もまるで見る目がないな』
「やめんか!」
バルゲッドが激昂していたのをなんとなくメリアは覚えている。
メリアは社交場で、頭が真っ白になった。
こんな事は、彼女が産まれて初めての事だった。
屈辱、悲しみ、怒り……様々な感情がメリアの胸を貫いた。
メリアは、悔しかった。
こんな事になるなら公爵家の妻になるなどと、言わなければよかったとさえ思ってしまった。
そして、取り巻く貴族のその一言が、メリアの声にやけに響いた。
『あの調子じゃ、あの女から産まれる子供もさぞ粗暴な子になるに違いない。アルデライト家はもう終わりだな』
その時、メリアの中で何かが切れた。
---見返してやる。
その時メリアが手をあげ、暴れ散らかさなかったのは彼女自身の明らかな成長だった。
代わりに血が出るほど下唇を噛んで、目の奥に熱く滾るものをなんとか押し込んだ。
---変わってやる。
この初めての社交界から、メリアは大きく変わる事となる。
バルゲッドの妻として、公爵家の夫人として、そしていずれ産まれてくる子の母として。
---淑女に、なってやる。
そうしてその日からメリアは血も滲むような教育を自分に施していく事になる。
夫や、いずれ産まれてくる子に決して恥をかかせないように、と。




