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掛け間違えた過去

 

 果たして人はいつでも『善』でいられることは可能なのだろうか。

 善き人であること、善き振る舞いを務めること、それは良識や常識を弁えている人間にとって然程高いハードルではない。少しばかりの思いやり、少しばかりの余裕さえあれば、人は誰しもが善人になることができる。


 しかし、人は誰しもが残酷な一面を秘めているもの。

 それは咎められることで決してない。人はそう優しくは設計されているものではないのだから。


 リキテル少年の前に立つ二人の騎士も、今日は珍しく『善人』らしさに罅が入っているところだった。



「浮浪の孤児か」


「出会い頭にうちの英雄に食って掛かるとは、見上げたガキだな」



 ヘラヘラとした態度は、余裕の表れ。

 事実、彼らは気が大きくなっていた。

 王や民に認められる程の戦果を挙げ、勝利の美酒に文字通り酔いしれ、浮ついているのだから。彼らの黄金期は、まさに今なのだろう。これ以上に気持ちの良い夜はない。


 這いつくばるリキテルは、奥歯を噛み締めた。

 二人の騎士が醸す強者の匂い。それをリキテルは、本能的に嗅ぎ分けていた。オルトゥスに比べれば、やはり弱さはあるが、それでも、自身と比べれば強者であることは明白だった。


 故に、腹の底から怒りがこみ上げる。



「お……?」



 立ち上がるリキテルの周囲が、蜃気楼の様に湯気立つ。

 自身の目の前に立つのは、騎士。それも少なくとも自身よりは実力がある”正義の味方”。


 それほど強いのなら。

 それほど正義を自負していながら。

 騎士でありながら。



「何故、ティークと俺を助けてくれなかった!!!!」



 リキテルは、絶叫した。

 絶叫して、ナイフを片手に騎士へと飛び掛かった。


 その時の騎士達の表情を、彼は忘れることはない。

 一人は呆れたように肩をすくめ、一人は欠伸を噛み殺していた。


 騎士達のこの時の心模様を表すのなら、こうだ。



『また妙なのに絡まれた』



 リキテルの形相に対して心の波風は一切立っていない。

 よくある言い掛かりの一つとして処理されている。

 実際騎士はその性質上、謂れのないいちゃもんや恨みをぶつけられることは多い。


 しかし、そんな内情をリキテルは知る筈もない。

 自身がこれだけ辛い思いをしているというのに、これだけの激情をぶつけているというのに、彼ら『騎士』は何も施してはくれない。それほど強いのに、それほど恵まれているのに、それほど正義を自負して人々から称えられる存在だというのに。


 リキテルの恨み、怒りは臨界点を突破して――










 ――気づいた時には、ボロクズと化して路地裏に打ち捨てられていた。



「……」



 雨が頬を打つ冷たさで、リキテルは意識を取り戻した。

 全身が打ち身で痛み、口の中には鉄の臭いが充満している。



「うっ……」



 あの騎士達にいいようにあしらわれたのだと、気づくのにそう時間はかからなかった。

 水溜まりから体をもたもたと起こし、リキテルは壁に寄り掛かった。泥水を吸った衣服が鉛の様にさえ感じられ、彼は呻きながらそれを剥ぎ取った。


 体は、怖ろしく冷えていた。

 唇は青ざめ、否応なしに背中は暖を求めて震えている。



 ――だというのに、リキテルの内に宿る熱は灼熱と化していた。



 寒さなど毛ほども気にならぬ程、リキテルは灼熱をその身に宿していた。

 その根源は、途方もない怒り。


 力に恵まれながら、誰かを救う力を持ちながら、ヘラヘラと驕り高ぶる強者達……引いては騎士達への殺意。強さへの渇望。強さへの失望。


 この時リキテル少年が抱えたものが、今日こんにちまでリキテルという人間を形成してきた核となるものだった。


 誰よりも強く、何よりも強くという渇望。

 他者よりも強いということ……何も奪われない立場にいるということの認識の安堵感。

 そして強者であることに驕り、救われぬ人間がいるというのに賛辞に酔いしれるクソッタレな騎士オルトゥス達への、容赦のない怒り。


 リキテルは、かくしてオルトゥスや騎士……この世界に生きる強者達へ、誤った認識をその身に深く刻み込むこととなった。


 だからこそ彼は、この世の強者達全てに勝る力を欲した。

 他者を押しつぶす自身の力に酔いしれた。

 強者達への怒りを忘れなかった。

 ……騎士達を束ねる、伝説の英雄に唾を吐き続けていた。


 リキテルという人間。

 彼は、幼少期に受けた傷を支えに、その憎しみを頼りに、ひたすらに孤高に力を磨き続けた、悲しい男だった。



 ◆







 セレティナは闇の奔流の中に、リキテルという歴史を垣間見た。

 リキテルという人間の核。その根源。そしてそこに深く根差すことになった自身の虚像を。



(もしもあの時二人の騎士に任せるではなく、自身が向き合っていれば……)



 遅すぎる後悔。


 運命の分け目に立っていながら、セレティナはそれを見逃していた。

 もしもあの時リキテルをセレティナ《オルトゥス》が導いていたら、これほどの怒りと歪みを彼は抱えることはなかっただろう。


 二人の運命は、交わることなく英雄が没することになった。


 ……だが、今ならばまだ遅くはない。

 遅すぎるということは、決して有り得ない。



「リキテル!!!」



 英雄オルトゥスは……いや、少女セレティナは、その細腕をリキテルへと伸ばした。


 運命は、再び交わる。

 英雄オルトゥスが取りこぼした未来を、今度は少女セレティナが繋ぎとめるのだ。



「……」



 セレティナの叫びを受けたリキテルが、ゆっくりと目を開いた。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] パターン1:誰だお前って言ってセレティナの事分からなさそう パターン2:怒りのみ残ってて暴走してそう パターン3:正気持ちながら襲い掛かってきそう ぐらいしか思いつかない(´・ω・)…
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