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こじ開ける

 

 切る。


 叩く。


 穿つ。


 躱す。


 防ぐ。


 斬る。




 宙を駆るセレティナ。

 彼女に”後退”の一手はない。

 その一手を取る余裕などない。


 光の大剣を、光の大盾を巧みに操りながら、セレティナは闇の核目掛けて猛進する。

『天使』を墜とそうと迫る何百という闇の槍を御しながら、只管に前進あるのみ。


 薄桜の残光を従えながら、光の大剣が鋭く半円を描く。槍は聖力で鍛えられた剣に為す術なく、斬り落とされていく。


 闇を払う退魔の守護魔法は、強烈な光を以てセレティナの存在感を彩った。


 斬って、斬って、斬って。

 光の戦士となった『天使』は、空を縦に裂く。







 悉く切り伏せられた闇の槍は、ドロリと性質を変えながら地上へ力なく落ちた。


 硬質な槍はヘドロへ、ヘドロから黒い霧へ。

 形という器を失った闇は、眼下のウルブドールを穢していく。



「……っ!?」



 落ちた闇の濃霧。


 その流れを目端で追っていたセレティナの息が、僅かに詰まった。


 例の黒霧を浴びた瞬間に地上の兵士達の様子が、”変わった”のだ。

 背中に氷水を流し込まれたように、或いは足元から夥しい数の芋虫が這い上がってきたように、或いは全身至る所に耐えがたい痒みを覚えたように、或いは、或いは、或いは……。


 様々な例えよう、様々な反応を見せているが、彼らのそれらは等しく『狂乱』。

 石畳に体を打ち付ける者、苦痛の表情で涙を浮かべながら大笑いしている者、隣あう人間を傷つけ始める者……。


 どれもこれも、異常でしかない。



「……これは……”怒り”か……!」



 濃霧を僅かに浴びたイミティアは、粉々に砕けそうな頭蓋を左手で押さえながら、そう吐きこぼした。


 怒り。

 脳を刺激し、体を否応なく駆け巡り、侵食するのは、”怒り”のイメージ。

 自分のものではない他者の怒りが直接精神感応し、心体を屠り尽くす怒りの汚染は、生理的嫌悪感に連なる圧倒的な負荷と不快感を齎している。


 このウルブドールを穢し始めているあの黒霧は、リキテルが抱えている怒りそのものだった。彼の抱える異常な怒りに触れる人々の精神に侵略し、腐食させ、耐えがたい辛苦を与えている。


 この無限とも言えるリキテルの”怒り”こそ、あの闇の力の源そのものだとイミティアは理解できた。


 ……しかし、止まっている場合ではない。

 イミティアは額を抑えながら、戸惑いを覚えているセレティナに怒号を飛ばした。



「オルトゥス! 地上に構うな! お前は、お前ができることをやれ!」


「イミティア……」



 信頼の置ける友から飛ばされた檄に、セレティナは今一度身を引き締める。

 彼女が構うなと言うのなら、今自身がそのことに意識を割いているのは愚策だと判断したからだ。


 セレティナは小さな息を一つ吐きこぼすと、薄桜色に光る鎧の力を更に強めて突き進む。



「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 速く、そして強靭。

 鋭く明滅する守護の鎧の力を遺憾なく発揮するや、光の翼を大きく羽ばたかせる。

 そこがまるで槍の雨が振る地獄と思わせないほどに『天使』は燦然と存在感を発揮した。


 しかし彼我の距離が近づくに連れ、迎撃の手は苛烈さを増していく。


 何百から何千。

 強弱大小種々様々な黒槍がセレティナの体を食らおうと追い縋った。

 恐ろしく速く、しかも目標の体目掛けて追尾するそれは、並みの戦士であれば一秒と持たず消し炭にする威力だろう。


 右手の盾、左手の剣。

 何千の脅威に、セレティナの対抗手段はたったの二つ。

 自然、手は追い付かなくなる。



「う……っ!」



 左翼が鋭く貫かれた。

 浮力と姿勢が乱れ、僅かに体がつんのめる。


 それを待っていたと言わんばかりに、夥しい数の槍がセレティナに殺到した。



「オルトゥス!」



 握り拳を固めるイミティアが堪らず叫ぶ。

 一度でも被弾すれば、何百何千という槍の串刺しは免れない。

 喉は細く、心臓は小さく、強張った体から、裏返った声が出た。



 串刺しになるイメージ……それが脳裏にこびりついたのは、セレティナとて同じだった。

 縮み上がりそうになる心臓……だが、焦りはない。

 恐怖に心がひりつくこともない。英雄オルトゥスの持つ鋼よりも固く高潔な心が、恐怖という悪魔に絡めとられることはない。



「はあああああああああああああっ!!」



 経験、予測、反応。

 セレティナの前世での研鑽により研ぎ澄まされた至高ともいえる剣才が、『最善』に己を導いていく。


 光を纏う『エリュティニアス』を逆手に持ち替え、高度と速度を一切落とすことなく体を鋭く捻った。大盾に身を隠し、セレティナはバレルロールしながらひたすらに突き進んでいく。


 その様は、まるで錐だ。

『死』で踏み固められた土中を、怯むことなく掘削し削り飛ばしていく。


 槍の挙動は速い。

 しかし、ひたぶる全てを前進にのみ注いだセレティナのそれは、更に凌いで速い。


 錐から槍へ、槍から矢へ、矢から弾丸へ。


 速度と威力を高め、セレティナはひたぶるに前進を極め、そして漸く――。



「だああああああぁっ!!」



 ――セレティナは闇の球体へ組み付いた。


 そして逆手に握った光の剣を、突き刺す。こじ開ける。破壊する。


 闇に捕らわれたリキテルまで、手を伸ばせばというところまで来た。



「リキテル!!!」



 セレティナは大盾を放り投げ、リキテルに手を伸ばした。





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