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魔女と魔物

 

 昼は夜に、光は闇へ、天上は深淵へ。


 空にぽっかりと浮かぶ“闇”の球体は、周囲の光を喰らい続けながら、その存在感を増していく。その中央には捕らわれたようにも、取り込まれたようにも見えるリキテル・ウィルゲイムのくったりとした姿があった。



「オルトゥス、あれはどういうことだ」


「私に聞かれても分からないとしか言い様がない……ただ、あれは何であれリキテルなんだ」


「マトモには見えんぞ……」


「分かっている。 だから、止めなきゃ」


「止めるって、どうするつもりだ? あんな化け物……呪いや魔術に取り込まれている、のか……? どっちにしろ、“あれ”は魔女の息の掛かったものなんだろう? 今のあたしらの貧相な装備じゃどう足掻いても対処しきれない。ここはもう逃げるしかーー」



 言葉紡ぐ最中、イミティアの瞳孔がくわと開いた。


 空に浮かぶ闇の球体が僅かに罅割れたからだ。雛が卵の殻を破る、丁度あの様な音が嫌に脳を揺さぶった。


 罅割れた僅かな隙間から漏れ出るのは、やはり“闇”そのもの。掴み所のなかったそれはやがて鋭利に存在感を強め、まるで槍の様に罅の割れ目から突き出した。



「なんだ!?」



 イミティアの口からも思わずそう声が漏れ出る。その直後、彼女の体を押しつぶす様にしてセレティナが折り重なった。



「伏せろ!」



 飛び出された闇の槍は、苛烈さを増しているウルブドール西門の戦線に殺到。一本の柱の様であったそれは、衝突の直前に幾百もの矢へと姿がほどけ、轟々と降り注いだ。


 敵も味方もない。

 人も魔もない。


 ただそこに密集している生命全てを引き殺す殺戮の豪雨は、十秒もの間振り続けた。



「う、ぅううう……」



 その様子を、セレティナは見ていることしかできない。ただ伏せながら、食いしばった歯の隙間から情けない声を溢すことしかできないのだ。


 これが、魔女の力の片鱗。

 ひとつの魔法で大陸の形すら変えかねないと言われる存在の息吹。


 余りにも、余りにも−−。



「オルトゥス……」



 そのセレティナの横顔を、イミティアは見ていられない。


 ディセントラとの因縁。

 人の身には余りある程の正義感。

 仲間リキテルを良い様に扱われているという屈辱。

 そして、他者を守るという事に対しての凡そ傲慢とさえ言えるほどの欲求が、その全てが、セレティナの身の内を魂から焦がし始めている。


 旧友であるイミティアは友の心情を痛い程に理解しているからこそ、掛ける言葉も見当たらない。見ていられなかった。



















「ふむ、困った事になったの。セレティナ女史」



 それは、ブランチに食すパンに塗るジャムを切らしていた−−と云う程度の“困ったことになった”の質量だった。


 女性にしては少し低い、酒に焼けた声。

 カラコロと鳴る高下駄の音はどこまでも暢気に、軽快で、彼女の心情を表しているかのようだった。



「ヨウナシ、先生……」



 セレティナの口から、譫言の様にその闖入者の名が溢れでる。



「久しいの」



 上等な着物の袖を揺らしながら、しかしヨウナシはセレティナを見ていなかった。


 視線は、ひたすらに上空。

 空に浮かぶ“闇”を、まるで花火でも見る様な面持ちで眺めている。



「誰だ?」



 イミティアの尤もな質問。

 しかしセレティナはそれに答えている暇はない。


 ヨウナシも特にそれに答える様子もなく、立ち上がるセレティナを待った。



「あの尻の青い青年、魔女の術式に囚われたか」


「何か知っているのですか」


「さぁの。だが、ああなれば助かることもあるまい」



 ヨウナシはあっけらかんとそう答えた。


 セレティナの口が、引き結ばれる。



「リキテルを助けたい。みなを助けたい。それには貴女の力が必要だ」


「……しがない物書きの儂にどうしろと?」


「貴女なら、どうとでも出来る」


「可笑しなことを言う」



 ヨウナシは言って、くすくすと笑みを噛み殺した。まるで自分が本当にただの物書きであると、言いたげに。



「……」



 しかしセレティナがその言葉に丸められる筈もない。レヴァレンスで見た光の柱……それから、このウルブドールに碌な護衛もなく侵入できる人間が、ただの物書きであるはずがないのだから。



『三界三傑』


 その一角たる『空王』と知らずとも、その底知れぬ存在感を見破れぬセレティナではない。



 ヨウナシは肩をすくめると、



「儂は何もせん。何も期待するなよ、セレティナ女史。儂はただの『観測者』。人間と魔物のイザコザに首を突っ込む程、暇でも善良でもない」


「ならば、何をしにきたというのか」



 未熟な私を笑い者にでもしてきたのか、と感情が僅かに昂ったが、セレティナはそれを飲み込んだ。


 ヨウナシは、にんまりと笑む。



「のう、魔物とは、魔女とは何なのだろうな?」


「……?」


「太古より存在し、あらゆる生命を脅かし、されどその上に君臨せずに悠久を生きている。奴等の目的とは何じゃ、奴等が時折人を脅かすのは何故じゃ」



 セレティナは口を噤んだ。


 そんなこと、考えたこともない。

 考えたことすらない。



 ヨウナシは調子を崩さず、滔々と続ける。



「魔物とは……あの悍しい生命と言うにも怪しい生命体は、どこから、何から、生まれたんじゃろうな」


「……魔物が発生すると言われる、汚染域から自然発生するものだと」


「……違うな」



 火種を確かめて、煙管キセルからたっぷりと煙を吸い込んで、紅色の唇から細く煙を吐き出した。









「奴らは魔女が生み出した人造生命体じゃ。死にゆく人の魂は善も悪も関係なく、皆神の元ではなく魔女の元へ集められ、あの様な姿に形を変えられる。それが、『魔物』という存在、そしてこの世界の真実よ」


「ぇ……」



 セレティナの少し後ろで、イミティアの声が、小さく溢れた。




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