友情?
爆発的な音の奔流。衝撃波。
次いで突風が吹き荒れる。
大質量の黒尾は、セレティナに命中するその寸出で停止した。
「……ソーム」
僅かに絞り出した様な声。
セレティナは彼女らの前に立ち塞がる白竜を大きく見上げた。
頑強なゴダラの尾を受けたのは、ソームの春の小川の様に清らかな白尾だった。
剛健な一撃を前に、しかし双頭の片割れが立ちはだかる。
「……」
二頭の視線は、お互いを牽制しあう様に絡み合っている。
喉奥を鳴らして興奮するゴダラに対して、ソームは諭す様な視線を送っている。
——落ち着きなさい。
そう言わんばかりの落ち着いたソームの態度は、ゴダラを窘めた。
「ど、どうなるんだ……?」
ゴダラの暴走などままあることではない。
周りで事態を見守る他無い団員達は、固唾を飲んでそれを見守っていた。
暫しの沈黙が過ぎる。
「……」
先に動いたのは、ソームだった。
彼女はゆっくりと頭をセレティナの前へ下げると、瞼を落とし、くるくると喉を鳴らした。
それは、竜から贈られる親愛を示す鳴き声。
気を許したというレベルでは無い、ソームがセレティナへ”親愛”を示した事に、どよめきが起こった。
次いでゴダラもだ。
ソームのそれに倣う様に、彼女もまたセレティナへ傅き喉を鳴らした。
今迄の興奮と暴走が、まるで嘘の様に。
「こ、これ……どうなって……」
ガブドゥは、呆けながら事態を収拾できない。
セレティナの胸の中へ収まったまま、あんぐりと口を開いていた。
再び訪れる静寂は、小さなざわめきを湛えている。
皆、何が起こったのか分からない。
ただ、セレティナを除いて。
「ソーム……ゴダラ……お前達、私の事を覚えて……?」
竜は、魂で人を見るのだという。
ならば今彼女らには、セレティナとは見えてはいないのだろう。
セレティナがそっと彼女らの鼻頭を撫でると、帰ってくるのは満足気な鼻息だった。
ゴダラは少し居心地が悪そうではあったが。恐らく、寝ぼけていたところに不用意に近づいた所為でびっくりさせてしまったのだろう。
セレティナは、オルトゥスとして接してくれている二頭にじんと胸が熱くなった。
「ティークさん! 大丈夫ですか!」
事態を知ったヴィヴィシィが駆けつけてきたのは、その直ぐ後だった。
◇
「すまなかった!」
ガブドゥは、真摯に頭を下げた。
セレティナはそんな彼に対して、柔らかく微笑む。
「気にしないでください。私も竜に不用意に近づいたのは迂闊でした。彼女ら竜が気高い生き物だと知りながら……」
「いや、そうじゃねぇ」
「え?」
「あ、いや、そうでもあるんだがそうじゃないというか……」
煮え切らない反応に、セレティナは首を傾げた。
対するガブドゥは言葉が出てこない。彼は、やきもきした気持ちを抱えたまま、頭を掻き毟ると、告白し始めた。
「お、俺はお前に対して少し意地悪をしてしまっていた。非常時だってのに、イミティア団長を助けてくれたっていうのに、俺はお前に試す様な真似をしてしまっていたんだ。ニガブリ蛙を捌かせたのも、り、竜の世話をさせたのも、俺のちょっとした見栄の所為だったんだ……許してくれ……」
「試す……」
竜に関しては流石に肝を冷やしたが、ニガブリ蛙は存外楽しめた。
セレティナは心から謝らなくともよい、と思っているのだが、僅かな好奇心が彼女の心を擽った。
「何故私を試す様な事を……?」
「そ、それは……」
ガブドゥは言い淀み、その仕草は彼らしからぬ消極さを示した。
「それは……?」
「ヴィ、ヴィヴィシィっているだろ」
「ええ。さっきも心配してくれて駆け寄ってきてくれましたね。よく気がきく子だと思います」
「あ、あいつはもしかしたら、お前に気があるみたいで……」
ははぁん。
セレティナは合点がいくと、にやりと笑みを浮かべた。
少年達の色恋の青臭さに、口角がひとりでに上がってしまうのだ。
セレティナの僅かに嗜虐的な笑みに、ガブドゥは思わず顔を真っ赤にして声を荒げた。
「な、なんだよ! 悪いか! 男が嫉妬してもよ! この顔面偏差値男めが!」
「なんなんですかその変な蔑称は……」
「ずりぃぞ! ちょっと顔が良くて、ち、ちょっと肝が据わってるくらいで……」
言いながら、ガブドゥの語気は萎んでいく。
絵本から飛び出た様な王子さながらのルックス。
更にはニガブリ蛙の臭いや竜の威容にも臆するこのない肝っ玉だ。
これで女性が靡かない筈がない。
しかし、セレティナは肩を落とすガブドゥに笑ってみせた。
そんな心配は無用だと。
「心配しないでくださいガブドゥさん。私はヴィヴィシィさんに好かれてなどいません」
「え……?でもさっきだってお前に一目散に駆け寄ってきて……」
「流石に竜に襲われれば、あの心優しい子なら心配してくれますよ。私はここに来る道中、ヴィヴィシィさんとずっと一緒だったんですが、何かずっと避けられているみたいで」
「……避けられてる?」
セレティナは鷹揚に頷いた。
「会話も弾みませんでしたし、恐らく好意、というよりは……。彼女は親切でしたが、それ以上の感情は無いでしょう」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当です」
にこりと微笑むセレティナ。
実際のところはヴィヴィシィとセレティナはキスをしてしまっている、という爆弾を抱えているのだが、それはヴィヴィシィにしか知り得ない事実だ。
セレティナは安堵するガブドゥの肩をポンと叩いて、次の仕事を催促した。
そこには男同士——実際には男女だが——の友情が芽生えた様にも見える。
ただし、ガブドゥの不安は見事に的中しているのだが……。
今年最後の更新です。
一年間剣ティアをお読み頂きありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
それでは皆様良いお年を!
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