異臭
◆
「どう思う?」
時間は遡る。
セレティナがオーバンス将軍らと『船』の運用について会議をしていた頃、ベルベット旅商団の男衆達はそんな言葉から話が始まった。
「どうって、何がよ」
倉庫の荷物を運びながら、男達は会話に興じ始める。
「あのティークとかいう小坊主の事だよ」
「……というと?」
「……モテすぎじゃねぇか?」
「あ~~……」
突如ベルベット旅商団にやってきたティークという少年。
男でも見惚れる程の美貌を湛えた少年は、瞬く間に旅商団の女性陣の人気を攫っていった。
彼らにビジュアル担当がいないというのもひと役買ってはいるが、
何しろあれ程の美男子なのだ。礼儀も正しく嫌味が無く、あれでアイドルにならないわけがない。
……実のところは女性であり、セレティナなのだが。
しかしそんな事を知らない彼らは、何と無しにティークに対してのヘイトがふつふつと溜まっているのだ。徐々に温められていく熱湯の様に。
イミティア・ベルベットは勿論、団の頭脳でもあるレミリアとも親密な空気が無い訳でもない。それに加えて右から左まで、女性達の黄色の視線を一身に受けているのだ。
何となく面白くない。
そんな空気はやはり漂っている。
「しかしよう、あれは人気出るぜ」
「しかしじゃねぇよ。俺のチェルシーもあの小坊主に首ったけなんだぞ」
「そりゃあご愁傷さま」
ぶつぶつぶつぶつと、地味な作業をしながら男達の愚痴は続いていく。
男の嫉妬とは見苦しいものだ。
しかしそこに喝を飛ばす様に、団の中でも若い少年の声が空気を裂いた。
「おいお前ら! あんまりくっちゃべってっとレミリアさんにどやされっぞ!」
ゴーグルの位置を直しながら歩み寄ってきたガブドゥは呆れた様に息を吐いた。
「おうおうガブ坊、そういうお前はどうなんだよう」
「なんだ、うわっ、くっつくな暑苦しい髭がいてぇ」
そんなガブドゥの肩に手を回す髭面の男達。彼らは皆にやにやとした笑みを浮かべてガブドゥの頬を小突いている。
ガブドゥは鬱陶しそうにそれらを振り払った。
「何なんだよお前ら」
「ヴィヴィシィちゃん、あの子もティークとかいう小坊主にお熱な感じだったぞ?」
「んなっ……!?」
虚を突かれ、思わずガブドゥの鼻が膨らんだ。
男達は粘り気のある笑みを湛えたまま彼に歩み寄る。
「ヴィヴィちゃん、ティークに対して目がハートになってたぞ?」
「やばいんじゃないの? ガブ坊よ」
にじりよる男達に、ガブドゥの顔はかあっと熱を帯びた。
「ヴィ、ヴィヴィシィは俺に関係無いだろがい!」
「いやいや、皆お前がヴィヴィちゃんの事好いてるの知ってるって」
「な、なんで俺があんな根暗っぽい女のことを……!」
「素直じゃないねぇ。これが若さってやつか」
その言い方がガブドゥは気に食わない。
勝気な彼の頭には直ぐに血が上った。
「それにヴィヴィシィがあんなヒョロガリ好きになるわけないだろ! 馬鹿じゃねぇの!」
「いやいや、ティークの事を顔を赤らめて話していたのを結構な人数見ていたらしいぞ?」
「ぐっ……!」
内心、ガブドゥはショックを受けざるを得ない。
だからこそ刺さるのだ、次の言葉が。
「ガブドゥ。ヴィヴィシィちゃん、やばいんじゃないの?」
◆
(なんだってんだ、あいつら……!)
ガブドゥはティーク……セレティナの手を引きながら、過去の男達に会話を思い出していた。
(ヴィヴィシィがこいつに……?)
引く手に伝わる感触は、柔らかく、か細い。
男の中の男を目指すガブドゥにとって、その手は余りにも貧弱だ。
貧弱過ぎてどこに惚れる要素があるのだと心の中で悪態をついてしまう始末だ。
ガブドゥは行き場の無いフラストレーションを抱えている。
彼くらいの子供であるならば辺り構わずそれを発散することも珍しくないだろうが、何せこのベルベット旅商団で育てられた子供なのだ。その辺りを律することくらいはできている。
(しかし……)
ちらりとセレティナを垣間見たガブドゥは、思わず舌を打った。
余りにも整ったその容姿に、嫉妬の炎を燻らせたからだ。
整った目鼻立ちに、金糸の様に美しい髪。吸い込まれそうな群青色の瞳は、春の小川の様に煌めいている。
各国を巡ったガブドゥであるが、これほどに整った容姿の貴人を見た事などなかった。
王族から貴族に至るまで、やんごとない身分の人間達が総出で立ち上がってもこのティークという少年に敵うことはないだろう。
……だからこそ、ガブドゥには負けられないという思いもある。
顔だけで全てを決めてもらっちゃあ困るのだ。
「ここだ」
ガブドゥは、悪戯心たっぷりでそこへとセレティナを連れてきた。
船内ではなく、船外。
そこは少し離れた小さな物置き小屋の様なところだ。
「……」
セレティナは思わず顔を顰めた。
鼻に僅かに皺が寄り、不快であることをありありと示している。
異臭。
何やらとてつもない臭いが、小屋の扉を押しのけて辺り一帯を包んでいるのだ。
「なんですか、この臭いは」
「まあ入ってみれば分かるさ」
「……」
セレティナは黙ってその扉を開くしかない。
ごりごりと悲鳴を上げて開かれた空間から、更なる異臭がセレティナの鼻腔まで飛び込んできた。