お手伝い
少し短めです
「こら、貴女達またティーク様に失礼を……!」
レミリアがやってきたのは直ぐだった。
ティークがセレティナ……公爵家の娘である事を知ったからだろうか。いつもより彼女からは焦りの様なものが見て取れる気がしないでもない。
頭やら何やらを揉みくちゃにされていたセレティナは漸く解放され、彼女を取り囲んでいた旅商団の女衆は蜘蛛の子を散らす様に去っていった。
「全くあの子達はもう……!」
「あはは、彼女達はいつ見ても活気がありますね」
ふぅふぅ、と息を切らすレミリアは走ってやってきたのだろう。
才女らしからぬ大粒の汗を拭いながらセレティナに頭を下げた。
(……レミリアさん、運動不足かな?)
よくよく見ればついているところに肉がついている。
セレティナが男性であった頃はそれがふくよかで良い肉付きだと素直に思えただろうが、食事制限やスタイルの維持をしっかりとキープして――半ばメリアの矯正だが――いる淑女の観点から見れば、やはり贅肉にも見えてしまうというものだ。
(しかしそれを言わないのも淑女だ……)
セレティナは気づかぬ振りをして笑顔を見せると、レミリアを気遣った。
「そんなに焦らないでも大丈夫ですのに」
「いえいえ、大事なお客様ですから……。ヴィヴィシィと一緒に来られたのですか?」
セレティナの影に隠れているヴィヴィシィを見るにつけ、レミリアは首を傾げた。
「ええ。この場所は彼女が教えてくれたんです」
「そうですか……ヴィヴィシィありがとう。持ち場に戻ってもいいわよ」
「はっ、はいぃぃ……! ティ、ティークさん……ま、また……」
「ええ、また会いましょう」
おずおずと手を振るヴィヴィシィに、セレティナは柔らかい笑みを送る。すると、やはり彼女はポップコーンが弾けた様に赤面し、その場を離れていった。
(……気忙しい子だ)
まさか唇を奪われていることなど毛程も思わないセレティナは、呑気に後ろ髪を掻いた。
「あの……あの子と何かありました?」
「え? いえ、何も……」
何とも不思議そうにしているレミリア。セレティナは確かに彼女の様子が可笑しかったのは認めるが、自分から何かを働きかけたつもりは一切ない。
首を横に振るセレティナに、レミリアは僅かに安堵したようだった。
権威ある公爵家の娘に何かあったと分かれば事だ。
「それで、ティーク様はこちらに何用でしょうか? 今我々は貴女のご指示通り、積荷を下しているところですが……」
「何か私も手伝える事があれば嬉しく存じます。一人でも人手が欲しいところでしょう」
「手伝いを? いや、しかし……」
レミリアは言い淀んだ。
公爵家の娘に積荷の下ろし作業を手伝わせるなど、余りにも畏れ多い。
それにこれだけ華奢な体なのだ。かなり重労働になる積み下ろしの作業を任せられるはずもない。
「何でもいいんです。私がご迷惑をお掛けして旅商団の皆さまの御手間を頂いているのですから、私に手伝えることがあるのなら是非やらせて頂きたいのです……」
「うーん……」
困った……と言わんばかりにレミリアは言葉を渋った。
しかしそうしていると、
「ならこっち手伝えよ。人手が足りてねんだ」
太い、少年の声が飛んできた。歳はセレティナと同じ頃だろうか。
厚めのオーバーオールに、少しむっちりした体型。竜騎用のゴーグルを掛けた少年は、大きな荷物を抱えながら歩み寄ってくるところだった。
「おお! 私に手伝えることがあるなら」
セレティナは目を輝かせる。
(何だあるじゃないか、仕事)
レミリアが言い淀むものだからまさか逆に足手纏いになるのではないかと思い始めた頃だったので、セレティナは安堵の息を吐いた。
「ちょっとガブトゥ。ティーク様は見ての通り非力なのよ。力仕事は任せられないわ」
ガブトゥと呼ばれた少年は、つんつんとした橙色の髪を揺らしながら唇を尖らせた。
「分かってっさ。こんなヒョロガリに大事な荷物抱えさせられっかよ」
「え? じゃあ貴方ティーク様に一体何を……」
「いいから。借りてくぞ」
何が何やらセレティナはガブトゥに手を取られると、あっという間にレミリアの元から引きはがされ、連れられて行った。
「あっ! ちょっと!」
レミリアが言葉を掛ける暇もない。
セレティナとガブトゥの姿は直ぐに見えなくなった。
「……大丈夫かしら……」
レミリアの不安は尽きない。
浅く息を吐き、どうか何事も起きませんようにと願うだけだ。