聖戦準備
書籍発売より一週間が経過しました
沢山の応援のお声を頂いておりとても嬉しく思うのと同時に、更なる読者様へお届けしたく存じます
皆さま宜しければ書店でお見掛けの際は是非剣ティアをよろしくお願いします
「イミティア・ベルベットより『船』の使用許可を得てきました」
例の貴賓館。
都市長エルバロ、オーバンス将軍、冒険者組合長のエティックの三者は皆程度は違えどセレティナの言葉に驚愕していた。
「ティーク君、それは本当かね?」
「ええ、これは真実です。こちらに乗船経路と船の全容が細やかに書かれた図面を用意させて頂きました。イミティアは現在積荷を降ろす作業と団員への説得に時間を割かれていますが、終わり次第こちらへ来れるよう手配してあります」
「なんと……」
エティックは顎が外れた、と言った様子だ。
「どんな魔法を使ったんだ」
ストレスから頭髪がだいぶ抜け落ちた都市長エルバロは、そう言ってセレティナを訝しんだ。
「私は何もしておりません。イミティアが優しき心の持ち主だったというだけのこと」
「馬鹿な」
エルバロは思わず立ち上がった。
彼とてイミティアに何度も打診をしたのだ。
しかし答えは全てノー。
見返りが無ければ梃子でも動かない卑しい連中だ……という評価が彼の中にはあった。
(情に訴えてどうにかなる連中では決してない……こ、この男……一体何を……いや、何者だ……?)
エルバロは更に食い下がる気だったがそれを諌めたのはオーバンス将軍だ。
「理由などどうとでもよい。イミティアからあの巨大な空飛ぶ船を借りられたのならな。ティーク君、でかしたぞ」
「有り難きお言葉」
セレティナはそう言って頭を垂れた。
その一つの所作の端々に優雅さが感じられるのは、やはりアルデライト……母メリアの教育のお蔭だろう。
「しかし、小奇麗になったな」
将軍は言いながらセレティナの白い装束を眺めた。
彼の目なら分かる……その装備が如何に価値のあるものであるかを。
「何かご不快でしょうか……?」
「いやいや、そんな事は言ってはいない。ただ、イミティアと随分仲が良いのだな」
「……有り難い事に」
細い線だとは思っていたが、こうして軽装になれば更にセレティナの細さが際立つ。
胸の膨らみはサラシで抑えてはいるものの、傍から見ればどう見ても少女の様だ。
野暮ったかった服より更にセレティナの美しさは洗練され、『天使』という言葉がまるで現実のよう。
黄金の髪が空気に触れる度にセレティナの甘い香りが空を漂った。
(ふむ……)
この時オーバンス将軍はセレティナの性別が偽りであると確信に至ったが、それは敢えて口にはしない。下手に口にすれば彼女の警戒心を煽るだけだ。
『上級』と渡り合えるだけの剣術に、一晩でイミティアを説き伏せる何かを持ち合わせた美しき『天使』。何か秘密があるのは明白だ。
だから将軍は何も口にはしない。
水面下でこのティークという少年の正体が明らかになるまで、泳がせておくのが得策だと分かっているのだから。
「それよりもまずはこの『船』の使い道だ。時間が無い。まずは今から乗船経路の安全確保。それから乗船の選民……エルバロ、どれだけの時間が掛かりそうだ」
「どれだけ短く見積もっても二十四時間……一日は掛かるだろうね。各貴族や平民達へのアナウンスも鑑みると更に……」
「長い。六時間程度で終わらせろ」
「馬鹿な! たったの六時間で終わるか!」
「終わらせるんだウルブドール都市長エルバロ。これが君の最期の仕事で、大事な帝国民の命が掛かっているんだ」
「貴様……!」
「やれ。仕事の出来次第では皇帝から情けを掛けられるかもしれんぞ?」
「~~~っ!!」
「とっとと行け。時間が惜しい」
「分かったさ!やってやるとも!」
そう言って、エルバロは図面を引っ手繰ると部屋を出て行った。
騒々しさの後に残るのは静寂だ。
唖然とするセレティナとエティックに、将軍は肩を竦めてみせた。
「お見苦しいところをお見せした」
「……いいんですか?」
あの様子のエルバロは少し気の毒でもある。
しかし将軍は鼻で笑った。
「発破をかけた程度で事態が少しでも好転するのならそれに越した事はない。人命が掛かっているなら尚更だ」
「仰る通りです」
……確かにそうだ。
何千という人命が生きるか死ぬかで悩んでいる暇など無い。切れるカードは全て切る。
セレティナも気が引き締まる思いだった。
「それに加えてティーク君。君にやってもらいたいことがある」
「……何でしょうか」
「兵達の士気が下がってきている。次は君から彼らに発破をかけて頂きたい」
「……というと?」
眉を顰めるセレティナに、オーバンス将軍はにこやかな表情を浮かべた。
「君の『天使』というブランドを借りたいんだ」
「……『天使』という名を持ち合わせたつもりはないのですが」
「名というのはいつの時代も一人歩きするものだ。欲しくない異名であっても、な」
冒険者組合長エティックはやはり顔を顰めると、
「ティーク君を御輿に担いで聖戦の真似事でもする気かね?」
そう言って紅茶を啜った。
将軍はそれに力強く首肯する。
「彼らは皆ティーク君の事を『天使』だと本気で思い込みつつある。救いの無い戦場だ。そう思いたくもなろう。南門での防衛線と、都市内での『上級』との交戦……いずれも光の翼を従えた美しい天使が舞い降りたと、兵士のみならずこの地に生きる者は皆そう口にしている」
「……つまり?」
「エティックの言った通り聖戦の真似事だ。君が兵達を従えて、魔物共を迎え撃つ。その間に『船』……いや、『方舟』に乗った選民達がウルブドールを脱出する。筋書きは中々なものだろう?」
「……」
セレティナは、少し言い淀む。
その間に、部屋の扉が静かに開いた。
現れたのは、イミティアだった。