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友として

【書籍版絶賛発売中】


皆様宜しければ書籍版の方も何卒よろしくお願いします

 




「お前は……オルトゥス、なんだよな……?」



 きつく、きつく抱きしめながらイミティアは問う。その腕は震えている。

 しかし、力強い。

 もう離さないと、そう言わんばかりにセレティナの体をきつく抱きしめるのだ。


 セレティナはイミティアの背中を優しく撫でる。



「そうだ。信じてくれるのか……?」



 セレティナの問いに、イミティアは僅かに逡巡する。すぐに言葉は出てこない。

 頭では理解し難い現実なのだから。



「分からない……でも、多分、きっとお前はオルトゥスなんだと思う」



 だがその涙が、その抱擁が彼女が物語る全てだ。


 理屈なんて要らない。

 理由なんて、根拠なんて、そんなものは要らない。



 何故ならイミティアとオルトゥスは『友』なのだから。



「ありがとう、イミティア」



 ありがとう。もう一度そう応えるセレティナの群青色の瞳からも、一筋の雫が零れた。


 それは『セレティナ』として生まれてから初めて流す『オルトゥス』の涙だった。


 どこまでも美しく、濁りのない、純粋な涙を二人は流し続けた。








 ◇






 青色のお下げの少女ヴィヴィシィは声にならない叫びを上げていた。


 図らずも見てしまった光景に、開いた口が塞がらず、心臓はまるで跳ねるようだ。


 顔を耳まで真っ赤に紅潮させたヴィヴィシィはしゃがみこむと、自分の手を頬に当ててなんとか冷まそうと試みる。が、顔の火照りが勝ってしまう。


 ヴィヴィシィはその光景から目が離せないでいる。



(と、ととっととと頭領とっ、ティ、ティーク様ががが……!!!!)





 熱い抱擁。

 まるでそれは、愛し合う男女の逢瀬のようではないか。


 実際には十四年振りに死んだ友と再会を果たすという、前述のものより余程奇想天外な事態なのだがヴィヴィシィにそれを知る術など無い。


 この後、余りに挙動不審を見せ続けたヴィヴィシィは旅商団の仲間に問い詰められて終ぞ見たものを吐いてしまい、旅商団内においてあらぬ噂を流されてしまうのだが、それはまた別の話。








 ◇








 元の個室に戻ってきたセレティナとイミティアは今までの事を語りあった。

 何を思い、何を成してきたか。何処で生まれ、どういう生き方をしてきたのか。


 語り合う中で衝撃を特に衝撃を受けていたのは特にイミティアの方だった。

 当然だ。愛していた男が少女に姿を変え、そして女性として今までを生き、これからもそうして生きていくというのだから。


 イミティアとしてはかなり複雑な心境だった。

 理解し難いものもある。


 だが、真摯に語るセレティナはやはりオルトゥスだ。性質は変質しても、根は変わらない。


 オルトゥスという基盤の上で、セレティナという人物が成り立っている……そういう印象を受けた。



「オルトゥスが生きていて……しかも女性として……公爵家の娘……? いかん、頭がこんがらがりそうだ」



 イミティアは整理するつもりで言葉を並べ、しかし自分で言っていて意味が不明だった。

 頭をがしがしと掻き毟ると、その勢いのままに水を瓶ごと呷る。



「突然言われて混乱するのは無理からぬ事だ。何も一から十まで理解して欲しいとは思っていない。色々あったんだ……も」



 セレティナはそう言って困ったように笑みを浮かべた。語りながら彼女自身も自分の人生が如何に奇特なものであるかを再認識したからだ。


 それに、姿形がこれほどまでに変わったとあれば幾ら心を通わせた旧友とて困惑することは免れない。


 セレティナとてイミティアが筋骨隆々の男に姿を変え「自分がイミティアだ」と言われた事を想像してみると、まず疑いの目から入らざるを得ない。


 寧ろこの状況でよく信じてくれたものだと、セレティナは感嘆するばかりだ。



「他にはいるのか? あたし以外にオルトゥスの秘密を知る人間って」


「いないな……君が初めてだよイミティア」


「……ふぅーん……」


「なんだその得意そうな面は」


「……別に」



 イミティアはそう言ってふいと顔を背けた。

 尻尾がぷんぷんと左右に揺れている事から、どうも機嫌は悪くないらしい。



「……セレティナとして生きることを選んでからオルトゥスを名乗ることはもう無いだろうと思っていた。きっと誰も信じないだろうしな」


「……なら何であたしには打ち明けたんだ」


「今、君の力が必要だからさ」



 セレティナは真っ直ぐにイミティアの瞳を捉え、そう言った。



「元よりイミティアには打ち明けるつもりではあったが、これほど性急に明かすつもりはなかった」


「ちょっと待て、さっきは誰にも打ち明かすつもりはないと言っていたのにあたしには元から打ち明けるつもりだったって矛盾してないか?」


「そう決心したのは帝国に来る前……つい最近のことだ。そうでもしないとテコでも動かないだろう君は」


「何の話だ」


「陛下から聞いたんだ。私の死に激昂したイミティアが王国との縁を切ったんだ、とな」


「……その話か」



 それは確かにそうだ。

 だがそれには彼女なりの理由がある。


 何故なら、ガディウス国王はオルトゥスを__。



「私は私の意思で国の為に戦った。私もエリュゴール王国の民の一人だ。陛下と国の為、命を散らせたことには誇りを持っている。私は__」






「オルトゥス」





 イミティアは、セレティナの瞳を捉えた。

 今までに無い、真摯で、少し痛々しい表情だ。



「オルトゥス……お前は……」



 少し、言い淀んで。

 その先を言うべきか、イミティアは思い悩んだ。


 だが、伝えておくべきだとも思った。

 それは彼女の推測に過ぎない。

 もしかしたら何か彼女の勘違いかもしれない。


 しかし言わなければ。

 イミティアのガディウスに対する怒りを。


 イミティアは一拍を置いて、肺に空気を溜め込むと、呟くように台詞を吐いた。








「お前は、ガディウスに殺された可能性がある」








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