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抱擁

 

「え? 何なに? ティーク君とイミティアが勝負?」


「……何で?」


「分からない。でも何か物々しい雰囲気だったよね」


「頭領、何かティーク君に失礼したんじゃないの」


「いやでもティーク君が表に出ろとは言わなくない?」


「確かに」


「なんか久々だったよね、イミティアのマジな顔」


「お前らは付いて来るなってアタシらに言った時、結構やばかったよね」


「あーやだやだ。折角の美少年と軋轢は産んで欲しくないなぁ」


「あんた狙ってたの?」


「ここのむさい男どもを見ていれば当たり前よ」




 今朝もベルベット旅商団の女衆は姦しい。

 各々は手際よく荷造りをしながら、まるで弾けるポップコーンの様に会話を繰り広げている。


 話題は専らイミティアと件の美少年……ティークについてだ。

 何やら難しい顔をしながらティークを連れ立って『エルバの浮舟亭』を後にしたことから、彼らの間に何かがあったのは彼女らでも分かる。


 結論は出ない。

 だが、女性とはこういった話を共有するのが好きなのだ。




 __パン! パン!




 二度、柏手が轟いた。

 よく通るその音は、旅商団であれば聞き慣れたものだ。



「貴女達、くっちゃべってないで手を動かす! 旅行の荷造りじゃないのよ」



 咎める声は、才女レミリアのものだ。

 女衆はだらしなく「はーい」と答えると、意外にも大人しく作業に精を出し始める。


 レミリアは「全く」と息を漏らすと、ついと眼鏡を押し上げた。



「……頭領」



 その瞳の奥に映るのは、並々ならぬ態度を醸したイミティアの姿。



(あのセレティナと名乗った公爵令嬢……あの閉じた空間で頭領に一体何を?)



 考えたところで答えが出るわけでもない。

 レミリアは思考を止め、自分も作業に移った。


 イミティアは元来心配されるようなタマではない。自分で話をつけると言ったなら、心配は無用だ。









 ◇







「ハンデは?」



 セレティナは『エリュティニアス』を引き抜きながらそう尋ねた。


 返すイミティアは、眉を顰めてセレティナを伺っている。


 ハンデ。

 別にセレティナがイミティアを侮る意味でそう言ったのではない。今のセレティナとイミティアであるならば、僅かなハンデだろうと勝敗を大きく左右する原因になりうるだろう。


 ハンデ、とはイミティアが『オルトゥス』に課したものだ。


『オルトゥス』は余りにも強過ぎた。

 ハンデの一つや二つ、付けなければまるでゲームにならないのだ。

 酷い時は手足を縛り、噛み潰せばドラゴンが失神するほどの苦玉を咥えたまま勝負に臨んだ事もある。


 そこまでして漸くイーブン。

 ……とは言ってもその実は更にオルトゥスが加減を加えていたりするのだが。



 ハンデは?


 そう聞いて、イミティアが底意地の悪い顔をしながらハンデの内容を宣言する。


 それは、オルトゥスとイミティアの間のみで交わされた懐かしいやりとりだった。

 イミティアの脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。


 当時の匂いさえ思い起こせる記憶だ。


 イミティアは少し呆けて、



「……いや、いい」



 首を横へと振る。



「……そうか」



 セレティナはそう言って、微笑んだ。



(何だよ……)



 イミティアはその笑みを見て、困惑するのだ。

 その身にまとった空気や間の置き方……声音やその柔らかな微笑みは、かつて彼女が愛した騎士と重なって仕方がない。


 意識すればする程に、当時のオルトゥスが重なって見える。見えてしまう。


 イミティアはローブの裾でゴシゴシと目を擦ると、腰のベルトから短剣を引き抜いた。



「ルールは、分かっているか?」



 それが何となく愚問であると、イミティア自身そう思えていた。

 セレティナは既に知っている。そう思えたから。

 セレティナは小さく頷くと、



「尻、膝、背中、手の何れかを地面に付けるか参ったと言った時点で勝負終了。負け側は酒を一杯奢って、一つなんでも言う事を聞く……だっけか」



 記憶をたどる様に、そう答えた。



「一つ忘れてる」


「……俺が負けたらイミティア『様』呼びだったか?」


「……そう、だ」




(……そうだ、そうなんだよ)



 イミティアは心の中で肯定すると、更に頭がぐちゃぐちゃになるようだった。


 目の前の少女は、セレティナは、全てを答えてしまう。

 知識だけならまだ抵抗できたかもしれない。


 だが、確かにセレティナの言葉の端々……佇まい……あらゆる角度から見ても、どこかにオルトゥスの匂いが残っている様で……。



「はぁっ!」



 気づけばイミティアは、短剣を振るっていた。

 それは、彼女の迷いを振り払う様な一閃だった。


 セレティナの『エリュティニアス』はそれを丁寧に腹で受け止めると、流れる様にそれを往なした。キィ……ン、と硬く、鋭い音が遅れてやって来る。


 急襲に近い、が、セレティナは何も言わずにそれに応えた。

 彼らの勝負に、合図は元より無かったのだから。



「お前は……!」



 弾かれた剣を返しながら、イミティアは問う。



「お前は、あたしの出自を知っているか……!?」



 鋭い刺突の横を、セレティナの小柄な体躯がするりと擦り抜ける。

 セレティナは切り結びながらこう答える。



「君は奴隷であったと俺に語ってくれた」



 力ではイミティアに敵わない。

 セレティナは少し苦しそうにイミティアの剣を返し、そう応えた。



 奴隷。

 イミティアが奴隷であった事を知る者は少ない。


 本当に信頼の置ける相手か、若しくは語りたくなった時にしか語らない。

 セレティナは、またも答えた。

 オルトゥスしか知り得ない答えを。


 イミティアの全身は総毛立ち、更に攻撃は加速する。



「なら、あたしが好いている果実はなんだ!」


「帝国産のバルイート、だったか。変な星型をしたやつだ」



 正解。



「あたしが王国を出る時に行くと言っていた国は!」


「……エルハイム聖教国。これは少し自信がない」



 正解。



「あたしがオルトゥスへやったリングには何が彫られていた!」


「大鷲だ。俺の誕生日にと、君がくれたな」



 ……正解。


 激しい攻防の中で、セレティナは常に正解を導き出していく。


『知識』じゃない。

 それは、確かな『記憶』だ。


 それが分かっている。

 それがイミティアにも分かるからこそ。



「イミティア……泣いているのか……?」



 イミティアの頬を一筋の雫が伝う。

 それは意図せず、自然に溢れたものだった。



「泣いてねぇ!!!」


「いや、しかし泣いて……」


「泣いてねぇってんだろ!!!」



 言葉は強くとも、涙は堰を切ったように溢れ始めた。


 しかし振り払う様なイミティアの短剣は、苛烈さを増した。



「あたしは……あたしは……っ!!」


「イミティア……」


「お前は、どうしてそうなんだ……!! 勝手に死んでは、勝手に蘇って!!! 人に自分を大切にしろと説教くれる癖に自分てめぇは自分の命を省みちゃいない……!!」



 半ば絶叫に近い叫びは、彼女の心の底から出たものだった。言葉を発するたびに、身がボロボロになるようだった。


 十四年。

 十四年だ。


 イミティアは亡きオルトゥスを慕い続けた。

 寂しい日々だった。

 辛い日々だった。


 片道の恋心であっても、燻る事なく彼女の胸の中に確かに大切に輝いていた。


 それがなんだ。

 今彼女が直面している現実はどうだ。


 想い人は姿も性別も変えて、しゃあしゃあと姿を現した。

 そんなオルトゥスが少し憎く思えてきた彼女は、心に溜まったヘドロは涙となって吐き続ける。



「あたしが最後にお前と約束した事を覚えているか!?」



 イミティアはそう吐いて、短剣を振る。

 振り回し続ける。

 技や駆け引きもない。

 ただ一方的に子供が駄々を捏ねる様な憤懣とした剣だ。


 セレティナはそれを丁寧に返しながら、苦い顔をする。


 その約束も、覚えている。


 果たせられなかった、その約束を。


 セレティナは弱々しく呟いた。




「……『また会おう。お互い、勝手にくたばる事のないようにな』だったか」




 カシャン!




 イミティアの手から、力無く短剣が滑り落ちた。


 イミティアはボロボロと大粒の涙を零しながら、セレティナの小柄な体を抱き寄せる。


 柔らかな抱擁だ。








「……なあ、『オルトゥス』。お前、なんで勝手に逝っちまったんだよ……」







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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度読んでもこのシーン画たまらく好きだなぁ [一言] もう再開しないのですか?
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