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【書籍化記念書き下ろしSS】夏の幻影4/4【挿絵付き】

【あとがきにて重大な告知がございます。最後まで是非ご覧くださいませ】

 


「お兄さん……!」



 大穴が空いた祠には、むせ返るような熱気が充満していた。


 奈落の底をを見つめるウィステリアは、蒼白した顔に涙を浮かべている。



「死ンダナ。流石ニ」



 身が竦む程恐ろしい風体をした竜は、童の様な声を操った。

 ぐるぐると喉奥の焔を転がし、『魔王』はウィステリアの前に立ちはだかる。



「デ? ドウスル? ヤル?」



 ウィステリアの心は、完全に折れた。

 まさか自分が、これほど強大な存在の前に立ちむかっていたとは知らなかったからだ。


 厳密に言えば、知ってはいたが、麻薬が切れた、と言った方が正しいか。


 誇りと信念……そんなものは、この圧倒的な力の前ではクソの役にも立たない、という事をウィステリアは知ってしまった。

 力もなければ、大した知恵もない女の自分が、剣を取るべきではなかったという後悔。

 騎士を目指していたことの浅慮さに、思わず笑ってしまいそうだった。


 心は、完全に折れた。


 無様でも、命乞いをすれば助けて下さるだろうか……と、ウィステリアが考え始めたところで――






「ありがとうございます、ウィス。貴女の勇気のおかげで活路を見出せました」





 鈴を転がしたような声。

 天使の歌声を切り取ったかのように美しい音色だった。


 ウィステリアは聞き覚えの無い声に振り返ると、ややあって言葉を失った。




 黄金の髪は、嫋やかに背中まで流れている。

 長い睫毛を湛えた瞼は、落ちる度に影を落とした。

 そこに収まる群青色の瞳は、まるで宝石だ。

 目鼻立ちはすっきりと流れる様な曲線を描き、白磁器の滑らかさを思わせる事だろう。

 深紅の美しいドレスは見事の一言。彼女の白魚の様な指に絡められた宝剣は、神話に登場する神器を想起させる。




『美』というものを体現した少女が、強烈な意志を瞳に湛え、そこに立っていた。





挿絵(By みてみん)




「あ、あなたは……?」


「セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。オルトゥスの……知り合いの様なものです」



 セレティナは優しくウィステリアを抱き起した。

 ふわりと香るセレティナの甘い香りに、ウィステリアは立場も現状も忘れて顔を赤らめた。



「お兄さんの……? 活路って……」


「人の世に君臨する卑しき『魔王』よ。貴方はもう、ここで終わりです」




 一転。

 厳しい口調が『魔王』を刺した。




「オ前ハ、誰ダ? イキナリ出テキテ何ノ用ダ? 立チ去レ。スグニ立チ去レ」


「私は、騎士。お前を滅ぼす者が、どうして立ち去るでしょうか」


「騎士ダト? ミロ!」



『魔王』はそう言って、己の横の岩盤を焼き焦がす。

 口から吐き出された蒼炎は、容易く岩肌を溶かしつくし、マグマを作った。



「ドウダ! 恐ロシイダロウ!」


「ええ、大した威力ですね。恐ろしく思います……私が--









 --『男性』であれば、ね」








「……ナニ?」






「貴方は、『女性』に勝つことができない……違いますか?」






 一歩前に出るセレティナに、『魔王』は見るからにたじろいだ。



「えっ、それってどういうことな……ですか?」


「奴はどれだけ力を蓄えても所詮は魔物。人を食い殺すことを糧とし、悦楽を得る生き物です。そんな生物が、どうしてこんな祠に引っ込んで五年に一度男性だけを食らう、というせこい真似をするでしょうか」


「それは……」



 セレティナの言葉を反芻し、ウィステリアも徐々に得心しはじめた。



「奴は『魔王』ではなく『神』としてこのハダハ村に君臨しましたが、本当はそんなことをせずに食い散らかせるだけ人を食い物にしたかった。でも、それはできない……『女性』がいるから」



 セレティナは、『エリュティニアス』を引き抜いた。



「冒険者は騎士同様、男性で構成されているチームが多い。奴の実力を示すにはうってつけだったことでしょう。彼らで敵わぬなら、女性が敵うなど尚更無理です」


「グ、ヌゥ……!」


「『魔王』。確かに貴方は私が見たどの『魔王』よりも強かったかもしれません。ですが、その力は余りにも縛りが大きい」


「黙レェ!!!!!」


「貴方は、ウィステリアの様な勇気ある女性が怖くて仕方なかった。だからなるべく人の前に出る事を拒み、己の強さだけを誇示してきた。違いますか?」



 瞬間。


 強烈な熱波がセレティナとウィステリアを襲った。


 巨大な蒼炎の球は二人を飲みこみ、やがて炸裂した……が。





「あ、あれ……?」





 ウィステリアは、己の体を見やった。

 あれだけの焔を受けたというのに、体には火傷のひとつも見当たらない。


 セレティナは、細く息を吐き、『エリュティニアス』を携えた。





「終わりだ」





 その声は、美しく、そして仄暗い殺気に満ちている。





「ヤ、ヤメロォォォォォォォォォォ!!!!!!」





『魔王』は、無様に蒼炎を吐き散らした。


 セレティナはそれに一切顧みる事をせず蒼炎の中を泳ぎ、そして――





『魔王』の首は、容易く切り落とされた。








 ◇






「いやぁ凄かったですセレティナさん! こんなに美人なのに騎士だなんて……本当に凄いです!」



 心臓が壊れる程に恐ろしかった夜の森も、今は何の恐怖も感じることは無かった。

 寧ろ心は晴れやかで澄み渡るようだ。


 ウィステリアは背負うロードンの重みを確かに感じながら、横に並び歩くセレティナを見やった。

 見れば見る程に美しく、話せば話す程にその高貴さが窺える。


 同じ女性として自分が気恥ずかしくなるほど、セレティナはウィステリアにとって完璧な女性だった。


 セレティナは、少し申し訳なさそうに微笑んだ。



「実は騎士じゃないんですけどね」


「えっ! そうなんですか!?」


「私も将来騎士を目指す者……つまりウィスさんと一緒です」


「一緒って……セレティナさんと一緒というのもなんだかあれなんですが……」



 遠慮がちなウィステリアに、セレティナは柔らかく微笑んだ。



「貴方は現役の騎士よりも立派に勇気を示して見せた。騎士であっても、騎士でなくても、それは難しいことです。『魔王』を倒したのは他でもない貴女のその勇気なのですから、貴女はもっと誇りなさい」


「そんなことは……えへへ。あっ、そういえばオルトゥスさんはどうしたんですか? それにセレティナさんも一体どこから……」


「私にも全く分かりません。彼がどこに行ったのかも、私が何故ここにいるのかも。気づいたらここに居たし気づいたらどこかへ消えていた……私も、オルトゥスも。もしかしたら、貴女に巡り合うために導かれたのかもしれませんね」



 歯の浮くセリフも、オルトゥスでなくセレティナであれば言える。

 しかしそれはセレティナの心からの本音だった。


 何故ここへ導かれたのか。

 どうして嘗ての肉体を取り戻し、セレティナの体に戻ったのか。


 しかしそんなことは、今生きていることを思えば些細な事だ。



「セレティナさん、これを」



 ウィステリアは、小さな木片をセレティナに握らせた。



 タグの様な小さな木の板に、何か女体の様なものが彫り込まれている。



「これは?」


「これは、ハダハ村で作られているお守りです。今はこんなものでしかお礼できませんが……将来必ずこのご恩をお返しします」


「……楽しみにしていますね」



 そう言って、二人は笑いあった。

 将来、騎士を目指しているとは思えぬ少女らしい光景だ。



「……あれ? 雨だ」



 そんな事をしていたら、ポツリポツリと雨粒が少女達の鼻先で跳ねた。

 セレティナの嫌いな、埃っぽい雨の臭いだ。



「これは……大雨になりそうな予感ですね」


「セレティナさん! 急いで村に帰りましょう! 夜の森で雨に晒されるのは危険です!」


「ええ! 急ぎましょう!」



 二人は、頷き合って駆けだした。

 そう言っている間にも、雨足はどんどんと強くなる。



 何だかこのシチュエーションには見覚えがあり……。




(足元には気を付けないとな)




 そう心に強く注意を促した矢先だった。




「わっ!」




 足が、泥濘に捕まった。

 ずるりと泥の上を靴が滑り、セレティナの体が浮遊感を得る。


 それは余りにも覚えのある感覚であり――




(――まさか)




 崖の上を転がり落ちるセレティナを待ち受けていたのは、やはり濁流と化した川の氾濫だった。



(また、こうなるのか……!?)



 セレティナの体は、あっけなく川に飲みこまれてしまった。



「セレティナさん!? セレティナさああああああああああああああああん!!!!」




 ウィステリアの叫びは、遠く、波に揉まれるセレティナには聞こえていた。






 ◇






 ――……ァ……


 ――――……ティナ……ッ!……


 ――――――セレ……ナ………………!








「セレティナ!!!!」



 その呼び声で、セレティナは目を覚ました。


 眼前には真っ赤に目を晴らした母の顔と、その後ろには雲一つない空。


 側には穏やかな小川が流れ、木々のざわめきから自分が渓谷の只中……それも川原にいることを思い知った。



「……お母、様……?」



 ぽつりと言葉を零すセレティナの体を、メリアはきつく、きつく、抱き留めた。



「もう! 貴女って子は! 本当に……! 無事で良かった……!」


「あれ……私は……?」



 周りを見れば、誰もがわんわんと泣いていた。

 イェーニスも、バルゲッドも、エルイットも。



 それからの事は、セレティナは余り覚えていない。


 体が疲れ切っていたからか、意識を再度手放したセレティナはそれから一週間もの間高熱に浮かされて生死の境を彷徨ったからだ。


 目に余る程の病弱のセレティナが川に流されれば無事であるはずもなく、これは当然の帰結だった。


 ただ、家族の温もりを感じたセレティナは、ぐっすりとこの時眠る事ができたことだけは覚えている。





 ◇





 ――一週間後。



 セレティナは今日もベッドの中だった。


 エルイットは甲斐甲斐しく世話を焼き、より一層の過保護で彼女に尽した。

 その余りある過保護がセレティナは少し鬱陶しくもありつつ、やはりエルイットを愛らしく思っている。



「エルイット、お聞きしたいことがあるのですが」


「はい、何でしょう」


「ハダハ村について何か新しい情報はありましたか?」



 セレティナの問いに、エルイットは申し訳なさそうに首を横に振った。



「申し訳ありません……現在調査中ですが、アルデライト領にも王国内に於いてもそのような村はやはり見受けられません」


「そうですか……」


「きっと、セレティナ様は夢を見てらしたんですよ。同じ騎士を目指す女の子の、勇敢な夢を」



 そう言って、エルイットはカップに紅茶を注いでいく。

 こぽこぽと楽しげに注がれるカップは、やがて湯気を吐き始めた。



「それか、『神隠し』……ですかね」


「『神隠し』?」



 聞きなれない言葉をセレティナは鸚鵡返しする。



「ええ、神様が子供を別の世界に隠しちゃうんですよ。東方では古くから伝えられる現象らしいのですが、もしかしたらセレティナ様も『神隠し』に遭われたのかもしれませんね」



 あの日から二日、セレティナは行方が分からなくなっていたらしい。

 アルデライト家の全権を使って捜索していたが見つからず、二日後に分かりやすく捜索漏れのない場所で発見された。


 セレティナはハダハ村の存在を周囲に訴えたが、そのような村は無いと……そんなあらましだった。



 だがそれが真か偽か、そんな事はセレティナにはどちらでもよい。


 彼女の中では確かにウィステリアは生きていて、ハダハ村という場所で自分と同じく騎士を目指している。

 世界が違っても、例え夢の中の存在であっても、確かにウィスという存在はセレティナとオルトゥスの中で生き続けているのだから。



「さ、セレティナ様。紅茶を淹れました。温かいうちに召し上がってくださいね」


「ありがとうございます」



 そういってセレティナはカップを受け取った。


 サイドテーブルの上……カップの受け皿の横には、木彫りのお守りが立て掛けられている。


 セレティナはゆっくりとカップを口につけると、微笑んだ。


 同じ騎士の道を目指すなら、どこかでまた運命は交わるはず。


 それが例え、ひと夏の泡沫の幻影であったとしても。




挿絵(By みてみん)

【お礼と重大な告知】


ここまで読んで頂きありがとうございます。

小山内先生描き下ろしイラスト付きの特別記念SSは楽しんで頂けましたでしょうか? 少しでも面白かったと思ってくれましたら幸いです……!


さて、という事で本日から書籍版『剣とティアラとハイヒール』が発売となりました!

皆様宜しければ書店に足を運んで手に取って頂けたら幸いです……!


それからもう一つお知らせしたい重大な告知があります。


なんと、『剣とティアラとハイヒール』第二巻の発売が決定致しました!!!!!!


詳しくは私のマイページの活動報告にお立ち寄りくださいませ。


次回は本編の更新となります。

セレティナとイミティアの真の意味においての邂逅……刮目していただければと思います。

宜しければページ下部にあります評価項目で評価していただければ幸いです。

感想やブックマークの方もお待ちしております。


それでは長くなりましたが失礼します。

(書籍版もよろしくね!)



三上テンセイ

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつか、ウィスと出会えるといいですね。 [一言] 余談の部類になりますが、活動報告のオルトゥスは納得しました。
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