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【書籍化記念書き下ろしSS】夏の幻影2/4【挿絵付き】

現在マイページの活動報告にて主要キャラ6人のキャラクターデザインを公開中です

宜しければ皆様是非お立ち寄りくださいませ

 




「クロ様はハダハ村の神様だよ。真っ黒やけんウチらはクロ様って呼んどる。豊作の神様らしいんやけど、貢ぎ物以外に五年に一回村の男子を贄に出さないかんけんウチは好かん。あっ、好かんっていうのは内緒ね。クロ様への悪口はご法度なんよ」


「贄……? 贄とは、どういうことだ」


「クロ様、人を食べちゃうんよ」


「なんだと?」



 オルトゥスは酷く驚いた。

 宗教というのは様々だが、実際に神の存在があって奉るものを彼は見たことがない。


 あったとしても精霊信仰くらいか。


 いや、それよりもオルトゥスには気掛かりな点がいくつもあった。


 漆黒の体に人を食らう生き物など。




「ウィス。それはもしかして神様なんかじゃなくて魔物じゃないのか」




 五年に一度で済む程度の食欲と、周期で一人だけ摘んで変える知性を鑑みると怪しいものではあるが、どう考えても魔物の仕業だ。


 オルトゥスの問いに、しかしウィステリアは唸った。



「いや、魔物ではないと思う。多分」


「何故そう思う?」


「ハダハ村の近くで魔物を見たことなんてないし」


「……そいつの縄張りになっている可能性もあるが」


「何よりクロ様って、変なんよ」


「変?」


「見れば分かると思う」



 会話が要領を得ない。

 しかし、特異な存在がこの村を脅かしているという事だけはオルトゥスには分かった。



「良ければ俺がそいつを討ち取ろうか?」


「え、お兄さんが?」


「ああ、これでも腕に自信はある」


「……うぅん、気持ちは嬉しいけどやめたほうがいいと思う」


「なに?」


「さっき調子いい事言ってウチが騎士になってクロ様やっつけちゃるとか言ったけど、それは無理なんよ」


「何故無理なんだ」


「クロ様は神様。誰も敵わないくらい強い」


「……それほどの強さが」


「私がまだ生まれてない頃に、村を上げてお金を積んで有名な冒険者にクロ様の討伐を依頼した事もあったんよ。だいぶ奮発して金級の冒険者チームをね。でも、駄目やったらしい。逆にクロ様の怒りを買っただけやったんよ」




 調子の良いウィステリアが明らかに気落ちしてる様子に、オルトゥスは頭を悩ませた。



(金級冒険者チームでも歯が立たない漆黒の神……。五年に一度だけ男児を喰らう存在……何者だ)



 クロ様と呼ばれる存在はオルトゥスにはよく分からない。

 が、人を食らう悪しき者ならば騎士として黙って見過ごせる彼ではない。


 何より、命の恩人でもあるウィステリアに恩を返さなければ気が済まなかった。



「ウィス、俺をクロ様とやらがいるところに案内してくれないか? 俺が倒せそうな相手なら俺が――」



 そこまで言いかけて、オルトゥスは口を噤んだ。


 何か、外の様子がおかしい。


 それに気づいたウィステリアの表情もたちどころに警戒の色を示した。

 二人は顔を合わせると頷き合い、家から飛び出した。


 すると――。





「クロ様!  どうかおやめください!  お約束の日までまだあるじゃないですか!  だからどうか……!!!」



 壮年の男が、村の開けた場所――中央広場で縋るように咽び泣いていた。

 その様子は明らかに異常だったが、それを見ている村民達は憐憫と諦めに満ちており、何かを働き掛けようとする者はいない。



(クロ様?)



 オルトゥスはウィステリアと共に民家の陰に身を隠し、顔だけを出して様子を探った。


 するとそこには、居る。


 確かにウィステリアが言っていた漆黒の神、『クロ様』が居た。



 漆黒の体は、人間の子供の様だった。

 背は小さく、滑らかな流線を描く体は無機質な質感に近い。


 頭部には紅色の眼が一つ埋め込まれており、横に裂いた様な口からは鋭利な歯が覗き出ている。


 クロ様は肩に昏睡した先程の少年ロードンを担いでいた。



 見た目はどうにもさっぱりしていて小さく、迫力がある様には見えない。



 だが、それを見たオルトゥスは警戒を最大限にまで引き上げた。

 至高の肉体を取り戻した彼でさえ、動揺を隠し切る事は叶わなかった。


 あれは、あの存在は。



「ど、どうしよう……! ロードンが! ロードンがクロ様に食べられちゃう! まだ、生贄の祭日まで全然期間があるのに……!」


「ウィス……クロ様は神なんかじゃない」


「えっ?」


「あいつは、歴とした魔物だ」



 そう言って、オルトゥスは立ち上がる。

 あれには見覚えがあった。


 あれは、有り体に言えば恐ろしく強い魔物だ。



 実を言えば、魔物の位付けは『上級』が天井なわけではない。


 更にその上の存在を、人々はこう呼ぶ。





『魔王』、と。





 オルトゥスは、そこいらに適当に立て掛けられていた長剣を手に取った。

 鞘から一気に剣身を引き抜いて、筋肉を解しつつ己の体を均していく。



「ウィス、俺はいく。君は何があっても手出しは無用だ、いいな?」


「お兄さん……勝てると? 無理よ、絶対無理。やめた方が良い」


「……無理、か。そうかもしれんな。……だが、そうじゃないかもしれない」



 必ず勝つ、と言いたいところだが今のオルトゥスにそこまでの自信は無い。

 聖鎧も無く、聖剣も無く、唯の鋼の剣一本で『魔王』と一戦交えようとする事自体が愚かだ。


 だが、目の前で無辜の民……それも子供が食べられようとして、どうして彼を止められようか。


 オルトゥスは細く息を吐いて、歩み出した。


『魔王』の元へと。






 ◇






「シツコイナァ。君モ食ベチャウヨ。腹ペコナンダ」


「お願いです! 弟なんです! 食べるなら俺を食べてください……! どうか、どうかロードンだけは……!」


「ア、ソウ。ジャア、食ベチャオ」


「へ?」




『魔王』は、童の様な声を操っていた。

 声に抑揚は無く、声だけ聴けば感情は見えない。


 しかしここまで成長を遂げた魔物は、歪ながらも人語を理解する事ができる。


 知恵を得てしまう禁断の果実を、不敬にも魔の存在でありながら神の手から奪い取った最低最悪の生命体。


 そう呼ばれ、そう畏れられるのが『魔王』。



 恐らくウィステリアが変だと言ったのは、言葉を介す『魔王』の存在を知らなかった所為だろう。






『魔王』の手が、肥大化する。


 縋り付く青年の背丈よりも肥大化したそれは、青年を包み込むと呆気なく握り潰した。

 ぷちゅっ、と果実を潰した様な汁気を帯びた音と共に、鮮血が辺りに飛散する。



『魔王』はそのまま口を大きく開くと、その中に肉塊と化した青年を突っ込んで、それは美味しそうに平らげた。



 周りの村民は悲鳴すら押し殺し、それを見ている他は無い。

 何故なら何か動きを見せれば、次は自分がああなると分かっているのだから。



 魔王は口の端に垂れた血をべろりと舐めずり、高らかに笑う。




「見タカ? 僕ニ逆ラウト、コウナッチャウンダカラネ。オ前達ハ今ノ馬鹿ミタイニ僕ニ逆ラワナイヨウニシナヨ」




 ついでにこいつも貰っていくからね、と肩に担いだロードンの尻を叩いた。

 そうして『魔王』が機嫌良く祠に帰ろうとした矢先だった。




「その少年、置いてけ」




挿絵(By みてみん)




 立ちはだかったのは、一振りの剣を携えたオルトゥスだった。

 明らかな命令口調に、魔王の機嫌は容易に損なわれる。



「誰、キミ」


「俺はオルトゥス。騎士だ」


「騎士ッテナニ」


「……お前を滅ぼすものだ」


「ソウナンダ、バイバイ」



 言うが早いか。


『魔王』の眼から漆黒の光球が飛び出した。


 ひと息の間さえない。


 光球は尾を残しながら、恐るべき速度でオルトゥスに差し迫る。


 凡そ常人では視認さえ適わぬそれは顔の目前まで迫り――






 ――しかしオルトゥスはあっさりと避けてみせた。





 僅かに首を捻るだけの動作。


 光球は的を外れてオルトゥスの遥か後方の家屋に着弾し、炸裂した。


 強烈な閃光と熱波がハダハ村全域を揺らし、静観していた村民達が遂に悲鳴をあげた。

 着弾した家屋は跡形も無く消し飛び、後に残った消し炭はどろりと液状に溶けている。


 恐らく、『魔王』にとっては指で弾いた程度の火力だろう。


 しかし、やけに涼しい顔で躱したオルトゥスに対して『魔王』は意外そうに眼を蠢かせた。




「ヘェ……ヤルジャン。 騎士、面白」




 どうやら興味は完全にオルトゥスに注がれたらしい。『魔王』はロードンの体を呆気なく手放すと、意気揚々と向き合った。その喜色の示し方は、久々に玩具を与えられた子供の様だ。


 オルトゥスは僅かにでも乱れそうになる呼吸をゆったりと沈め、腰を落とした。


 英気に満ちたその肉体で剣を振るうのは、いつ振りだろうか。

 ひとつひとつの所作に力が漲り、『セレティナ』という枷が剥がれたオルトゥスは、万能感さえ感じていた。



「ネェネェ。ジャア、コレハ? コレハ躱セル? 躱セナイ?」



『魔王』が異形の両の手をオルトゥスに翳すと、掌から忽ち光の矢が解き放たれた。

 瞬きの内に何百、何千と、辺り一帯を吹き飛ばしながら、気が狂うほどの矢の濁流がバナハ村を穢していく。



 それはもはや爆発に近く、天災だ。



 その濁流に飲まれれば、髪の毛一本、いや、細胞ひとつ残さずこの世から抹消されることだろう。



 速く、広範囲を飲みこむそれを躱せるべくもなく……しかしオルトゥスは。




「っつああァ!!!!!!」




 一振り。


 鋼の剣を縦に振り下ろした。


 すると光の奔流は呆気なく二つに割れ、世界から音が消し飛び、遥か上空を漂う浮雲さえその余波を受けて王に道を譲る様に左右に割れた。



「エッ……?」



 面食らった『魔王』の顔に、オルトゥスの大きな掌が飛ぶ。

 ゴツゴツとした巌の様な手は、遠慮の欠片もなく頭をわし掴むと『魔王』の頭をそのまま地面へと叩きつけた。


 その衝撃で地面は撓み、蜘蛛の巣城に罅割れ、確かに地鳴りを起こした。


 凡そ人間であるか疑うほどの馬鹿力を見せつけたオルトゥスは追撃の手を緩めはしない。


 脚を大きく後ろに振り上げる。

 そして、振り子の様に半円を描き、オルトゥスの足が『魔王』の腹を捉えた。


 毬の様に蹴飛ばされた『魔王』は、いとも容易く宙を舞う。


 オルトゥスの腿が、ぱんと膨れ上がる。

 充実した力を筋肉に溜め、勢いよく飛びあがると、『魔王』の体はすぐそこだ。


『魔王』の頭蓋に、敢えて剣の峰で叩き割る様にして振り下ろす。

 鎌鼬さえ伴い、余りの剣の速さに剣身からひとりでに火花が散った。


 光さえ置き去りにするような豪胆な一撃は確かに『魔王』の頭蓋に命中し、そのまま地面へと吹き飛ばす。


 地にクレーターを形成した『魔王』は、無抵抗のままだ。

 オルトゥスは己の落下のままに、大の字に寝転がる奴の腹に剣を突き立てた。



(手応えはある……が)



『魔王』の瞳が、ぎらりと閃いた。



「!?」



 危機を察知したオルトゥスは弾かれるように後退しようとして――



 右足を掴まれた。




「うおぁっ!」


「アハハハハハハッ」




『魔王』は、嗤う。

 突き立った剣や受けたダメージなど物ともせず起き上がると、オルトゥスをそこいら中に引きずり回し、右に左に叩きつけ、濡れた衣を振り回すが如くオルトゥスの体をいたぶった。


 世界が、視界が、回る、周る。廻る。


 噴水の淵に頭蓋が激突し、その身で木造の家を叩き壊し、されるがままにオルトゥスは振り回された。


 余りの馬鹿力にオルトゥスは抵抗さえできない。




「アハハハハハハハハ」




『魔王』は思い切り振り被ると、オルトゥスを勢いよく放り投げた。


 目で追い切れぬほどの速度で村の外に投げ出された体は、森の木々に突っ込み、巨木の幹を何本と貫きながら吹き飛んだ。




「お兄さん!」




 堪らず絶叫したのは、ウィステリアだ。

 気付けば体が動いていたのだ。彼女は、何の考えもなく飛び出してしまった。




「……ナニ、キミ?」




『魔王』は、興が削がれた様だった。

 せっかくの玩具は、もう壊れてしまったのだから。

 目の前に現れた小さな少女には、まるで興味が無さそうだった。




「お前は、オルトゥスさんを殺した!」


「ソウダネ。面白カッタケド、モウ壊レチャッタ」


「ロードンのお兄さんも殺して、ロードンも食うつもりだ!」


「……デ?」



 じろりと一つ目に睨まれ、ウィステリアの体がびくりと跳ねた。


 しかし、たじろがない。

 ウィステリアは、鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃに歪ませ、震える手で剣を引き抜いた。




「ウチから、この村から、もう大事な物を奪わんで! もう好き勝手したやろう! もう十分やろう! それ以上やるならもう、ウチが許さん!」


「ウィス! やめろ!」



 果敢に気焔を上げるウィステリアの体を止めたのは、ハダハ村の村長だった。

 しわがれた手が、怒りと恐怖に震えるウィステリアの腕をしっかりと抑えている。



「村長! 止めんで!」


「愚か者! クロ様に逆らってどうする! わしらまで殺すつもりか!」


「っ!」



 その言葉で、ウィステリアがハッとする。

 周りを見れば、村民達は彼女を怒りの形相で見ていた。


 お前の所為でクロ様の更なる不興を買ったらどうしてくれる、と。


 村長や村民はウィステリアの身などもはや案じてはいない。

 それ以上の無礼を働けば、きっと飛び火はあるに違いないのだから。



「っく……!」



 ウィステリアは、剣を下さずにはいられない。

 悔しくて、悲しくて、彼女の手は震えていた。



「……オワリカナ?」



『魔王』は肩を竦めると、転がるロードンを担ぎ上げた。

 もう帰りたいのか、或いは興が冷めたのか、それ以上何も言わずにぺたぺたと『魔王』らしからぬ足音を立てて去っていく。


 それを呼び止めるものなどいない。


 圧倒的な力の前には誰もが押し黙る他無いのだから。






 ◇







「やってくれる……」



 オルトゥスは悪態を吐きながら立ち上がった。


『魔王』に投げ出された体は巨木を何本と薙ぎ倒し、川の上を滑り、強固な岩肌に激突して漸く静止したのだ。


 凡そ常人の体であれば原形すら保てない肉と骨の塊になったであろう。

 しかしオルトゥスはけろりと立ち上がり、ウィステリアから誂えられた衣服の汚れを叩くのだ。



「……我ながらこのタフさには呆れる。セレティナの身であれば死は免れなかっただろう。しかし……」



 どうしたものか。


 オルトゥスは内心、どうしようもない焦燥に駆られていた。


『魔王』が予想の遥か上を行く強さだったのは紛れもない事実だ。

 かつて王より賜った聖剣があれば『魔王』を仕留める事は可能だろう。


 だが、そんなものは無い。

 ハダハ村にそれに代わる満足な装備があるとも思えない。


 きっと、再び相対したところで泥試合の末に殺されるのがオチだろう。



「……しかし、行かないわけにはいくまい」



 オルトゥスは剣を携えると、飛ばされた道をなぞる様に一気に駆けだした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] SS自体は期待しています。 [気になる点] でも、挟む間が悪いのは私も同意。 [一言] ごめんなさい、イラストはオルトゥスのイメージが違い過ぎる…… 顔は優男でもいいけど、「ゴツゴツとした…
[一言] あらイケメン
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