友の言葉
全てを話す。
そう腹に決めたセレティナは腰に提げた『エリュティニアス』を手に取ると、鞘ごとそれを壁に立てかけた。
こちらとしても敵対する意思は無い。
腹を割って話そうという明確な意思を伝える為だ。
セレティナが剣に手を掛けたとき、僅かに緊張が走ったが、今は既に弛緩している。
イミティアもレミリアも、セレティナの意思を汲み取ったからだ。
そうして、セレティナはゆっくりと切り出した。
「レミリアさんのご推察の通り、ティークという名と冒険者という肩書は私の隠れ蓑に過ぎません」
右に、左に、セレティナは二人の視線にしっかりと応えて言葉を紡いでいく。
二人は何も言わない。その先の言葉を待っているから。
「まず私の真なる名は、セレティナ。セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライトと申します」
「セレティナ……女性……?」
「……一杯喰わされたな」
ティークは、“少女”だった。
この事実は確かに二人に衝撃を与えたが、逆に納得も得られる事実だ。
美しい顔立ち……一見すれば女性だが、その中性的な雰囲気と身に纏った少年らしい服のせいで彼女自身から男性であると言われてしまえば、まんまと騙されるわけだ。
セレティナがあと数年、体が女性としても大人としても成熟していたのなら欺くことはできなかっただろう。
しかし、それより何よりも……。
「アルデライトといえば、エリュゴール王国の公爵家ではないですか? まさか……」
「ええ、レミリアさんの仰る通り私はエリュゴール王国の公爵家の娘です」
「とんだ大物だったな」
イミティアはおどけてみせたが、心の内はその言葉の通りに驚いていた。
アルデライト家といえばウルブドールの都市長エルバロとは比べ物にならない、遥かに莫大な資産と土地を有した大陸でも指折りの名家だ。
「……そんな名家の御令嬢が、どうしったってこんなところにいるんだ? それにその髪……」
「それは紆余曲折というか……色々ありまして。少々長くはなりますが語らせていただきます」
◇
セレティナは出来るだけゆっくり、噛み砕いてこれまでの流れを話した。
真摯に、できるだけ客観的な視点で事実だけをありのままに。
イミティアは顔を顰め、レミリアは少し考えこむようにこめかみに手を当てている。彼女なりの長考するときの癖なのかもしれない。
イミティアはサイドテーブルに置いてあった林檎を弄びながらあらましを整理する。
「あー……。あたし達への定例の使者の一人としてやってきたが、レヴァレンスで魔物と帝国のイザコザに巻き込まれる。その時にゼーネイ卿とやらに魔女容疑を掛けられたから男装してレヴァレンスを脱出。その後、逃れるうちにこのウルブドールへやってきた、と……」
「ざっくりと言えばそんな感じですね」
セレティナは頷いた。
今思い起こしても色々あったが、大筋としてはそんなところだ。
本音を言えばイミティアを助けにやってきたのだが、話が余計な方へと流れそうだった為ここでは伏せておく。
レミリアはこめかみに指を当てたまま、考えを言葉に零した。
「大筋としては理解できました。確かに変装する理由……特に性別を偽る理由も納得がいきますね」
「ええ、ですから帝国領を出るまでは私は『ティーク』でなければならないのです」
「なるほどなぁ」
納得はいったようだ。
腑に落ちない事や確認したい細々としたこともあるだろうが、ひとまずの信頼は得た……とセレティナは思いたい。
「納得していただけたようなので本題に入りたいのですが、よろしいですか?」
時間が惜しい。
セレティナの言に、二人は取りあえずは頷いた。
テーブルに座る資格を得たとセレティナは内心ホッとし、切り出した。
「現在、ウルブドールは窮地に追いやられております。このままではこの地に生きる無辜の民達が魔物の食い物にされてしまうのは時間の問題でしょう……そこで貴方達にお願いしたいことがございます」
「……『船』か?」
セレティナよりも早く、イミティアがそう答えた。
それに頷き、セレティナは続ける。
「貴女方の擁する『船』を用いれば多くの命を救うことができましょう。ですから、私は貴女方に『船』を貸していただきたい」
「それは積荷を全て降ろせってことか?」
「そうなります」
「ふざけろ」
イミティアは肩を竦めた。
「あの積荷はただウチの商団が買い漁った物品だけじゃあない。あたしらは大陸を横断する世界で最も安全な運び屋としての仕事も兼ねている。あれを全て降ろすとなれば、あたしらはおまんまが食えなくなるどころか多くの人間からも首を狙われることになる。おいそれと捨て置ける荷ぐるみじゃないんだ」
林檎を齧りながら、イミティアはそう答えた。
恐らくウルブドール……オーバンス将軍が差し向けた使者にも同様の事を伝えたのだろう。
事務的で平坦なレスポンスは言い慣れたものだった。
「それはアルデライト家が……。引いてはエリュゴール王国が担保するとなればどうでしょう」
「王国が……?」
イミティアは、眉を顰めた。
「アルデライト家の御令嬢だろうが、一人の娘っこがどうしてそこまで国の財布をあれこれできる? ハッタリは止せ」
「私は王国の使者として、王より遣わされた者です。貴女方がこちらのテーブルに着いてくれるのならば、それだけの口添えが私にはできます」
「……その言葉をどこまで信用できるんだかな」
……これ以上、言葉だけでイミティアの心を動かすのは無理だ、とセレティナは判断した。
彼女には家族ともいえる団員達がいて、それを護る為なら如何様なリスクだって負いたくないのは当然だ。
所詮、ぽっと出の娘っこの言葉など信用に足り得ない。
……だから。
「レミリアさん。席を外していただけますか? ここからは私とイミティア、二人だけで話したい事があります」
ここからは友として、言葉を交わそう。
次回、書籍化を記念した特別SSの更新になります。
本編の更新は少しお待ちいただいて、SSの方をお楽しみいただけたら幸いです。