素性
一通り食事を済ませて腹が膨れた頃合い。
セレティナを連れ立って、レミリアはとある一室の前まで彼女を案内した。
何も言わず連れてこられたが、そこに誰がいるかは既に分かっている。
イミティア・ベルベット。
嘗ての旧友が、そこにいる。
それだけでセレティナの心臓は早鐘を打った。
「ではこちらへ」
レミリアはそう言って、淡々と扉を開いた。
中には……。
「よう。久しぶりだな」
イミティア・ベルベット。
十四年前と変わらぬ友人が、ベッドに腰掛けていた。
まだ体調は万全とは言い難いのだろう。余り顔色が優れない様子で、毛布を腰のあたりにまで掛けている。
少し軽く手を振る彼女に、セレティナはやはりあの時と同様に目頭が熱くなった。
「お久しぶり……です」
固く、自分の逸る心を押し留めてセレティナは笑顔を取り繕った。
わざとらしくはなかったかと少し心配になり、手汗が滲む。
「まあ楽にしな。そう固くなることもないだろう」
獣族特有の少し獰猛な犬歯を覗かせながら、イミティアは悪戯っぽい表情をして見せた。
思えばイミティアとセレティナのファーストコンタクトは好ましいものではなかった。
セレティナは峰打ちでイミティアの意識を刈り取り、彼女の体をレミリアに託した。
今思い起こすとイミティアの恨みを買ってもおかしくはない。
セレティナは舌が僅かに乾く感覚を覚えながら微笑み返した。
「お加減はもうよろしいのですか?」
「ああ、おかげ様でな」
……皮肉なのか、茶化したのか、イミティアの真意は読めない。
が、表情だけを見るならば友好的であると言えるだろうか。
「お怪我の方は?」
「外傷の方はないよ。それこそお蔭様だ。君がいなかったらこの街は潰れていただろうからな」
「……少々大げさかと」
「そうか? ウルブドールに現れた『天使』はまさしく英雄だ」
「……英雄というならば、それはウッドバックさんに捧げられるべき称号だ」
「……そうかもしれないな」
イミティアはそう返して、少し寂しそうに微笑んだ。
活発な彼女らしくない、陰のある笑みだ。
セレティナは少しハッとして自分の発言を省みて――しかしイミティアは首を横へと振る。
「止せ、気遣いは無用だ。旅立つ者に手向けるべきは悲しみの感情ではなく、馬鹿笑いできるような思い出話や上等な酒であるべきだ」
「……そうでしたね」
イミティアとは、ベルベット旅商団とはこういった者達の集まりだ。
そういった負の感情を少しでも持ち出したのは配慮が足りなかったかもしれないとセレティナは後悔する。
イミティアは「それよりも」、と話を区切って、
「あたしに話があるんだろう? サシでな」
獣らしい野性的な瞳で真っ直ぐにセレティナを捉えた。
セレティナもその視線に真っ直ぐに答えて、頷いた。
「あたしも君に話があった……いや、依頼したいことかな」
「……依頼」
「恐らく君とあたし達の利害は一致する。だからお互いの情報のすり合わせの後に、ビジネスライクに話がしたい」
「……私もそう思います」
「だがその前に……レミリア」
視線を外して、イミティアはレミリアに視線を配った。
セレティナの後ろに控えていたレミリアは、後ろ手に部屋の扉の鍵をガチャリと閉じる。
「……何を」
眉を潜めるセレティナに対し、レミリアは冷静に眼鏡を押し上げた。
「この閉じた地獄……ウルブドールに於いて取引、ないしは互いが互助を得ようというのです。なれば一定の信頼が欲しい。だからこそ我々はテーブルに着く前に、貴方の抱えている秘密が知りたい」
「……秘密、ですか」
「ええ。それに関しては私の意見ですが、頭領も了承済みです」
くい、と眼鏡の位置を直すレミリアからは好意的なものも、懐疑的なものも感じられない。
あくまでフラットな感情……契約書類に目を通す理知的で機械的な才女の瞳でセレティナを見据えている。
(……猫を被っていた、というわけではなさそうだが)
友好的に接してくれていたのは事実だ。
だがそれ以上こちらに踏み込むなら慎重に事を運びたい……そういった意思が汲みとれる。
「勘違いしてほしくないのはティーク様、私達は貴方を好意的に思っているということです。ですから私達は貴方に対して一点の濁りも無く信頼を置きたい……そういうことです。当たり前ですが、その服や装備も友人として私から貴方に送らせて頂いたものですから」
その言に偽りの気配は無い。
セレティナとしても、イミティアは勿論レミリアに対しても友人として良き関係を築きたいと思うのは山々だ。
腹を割って話す。
イミティア達が自分に対して少しでも猜疑心を持っているのなら、それは取り除いておかなばならない。
「では、貴女達は私の何をしりたいと?」
セレティナはレミリアの眼鏡の奥の瞳を真っ直ぐに捉えた。
レミリアは浅く息を吐いて、
「まずは貴方の身分を明かしてもらいたいところですね」
「……と、言いますと?」
「貴方は恐らく、冒険者ではない。もっと高貴な身分の方かと思われます」
「……なるほど」
セレティナは少し驚いた。
女性である事がバレていたのかと思ったが、彼女はもっと本質を見抜いていた。
レミリアは続ける。
「貴方の相棒、リキテル様の装備は王国製の巧緻な技術が使われておりました。駆け出しの冒険者が揃えられる装備では到底なく……また貴方が腰に提げている宝剣はそれ以上の価値があるものです。莫大な資産を持っているか、それに連なるパイプが無ければ手にすることは適いません」
「……」
「それに貴方の言葉遣いや丁寧な所作……それに先程見させて頂いたカトラリーの扱い方から見て、まず平民ではない事が覗えます。紳士淑女の動きとは一昼夜で見に着けられるものではありませんからね」
そこまで見抜かれていたのか、とセレティナは舌を巻くのと同時に納得した。
これは素性を疑われるわけだ、と。
セレティナはふんわりと微笑んで、
「流石ですね、そこまでお考えだったとは。私も色々と疑われて当然です」
腹を括った。
だから、こう続ける。
「だから、全てを明かしましょう。文字通り、私の“全て”を」




