食事
現在活動報告にて書籍版『剣とティアラとハイヒール』のキャラクターを随時公開中です。
宜しければ是非ともご覧ください。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……へへ……」
セレティナは隣をいく少女……ヴィヴィシィを心配そうに見やりながら歩調を合わせた。
歳の頃は同じくらいだろうが、ヴィヴィシィは小柄なセレティナよりも更に身長が低い。どこか危なっかしいちょこちょことした彼女を、セレティナは心配せざるを得ない。
ヴィヴィシィは、鼻の頭をちり紙で絶賛押さえているところだ。
というのもセレティナはぴったりとした装束を纏っている上に肩まで露出しているのだから、彼女の細やかな理性を崩壊させるのは容易かった。
「ティークさん、ち、朝食は召し上がられます?」
「いえ結構……と言いたいところですが……いただけますか?」
「はい。レ、レミリア様も食堂でお待ちしておりますから……こちらへどうぞ」
ちょこちょこと先導するヴィヴィシィの後をついていく。
セレティナは食が細い。
本来であれば朝食といえば少々の果物を口にするだけなのだが、今は何と言っても戦時中だ。
いつ補給できない時がくるやも分からない非常時に食事をしないというのは、戦士としては三流。
セレティナはそれが分かっているからこそ、ヴィヴィシィの申し出に甘えることにした。
……まあ、食事が喉を通るか、というのはまた別の話だが。
「こ、こちらへどうぞ」
ヴィヴィシィがとある部屋の扉を押しあけると、忽ち食事の香りがセレティナの鼻腔を突いた。
食事の香り、とはいえどそれは少々刺激的だ。
上質な牛の脂が弾け、ツンと効く香辛料の香りが部屋に充満している。
食卓を囲むそれぞれのグラスには並々とエールが注がれており、まるで夜の宴の様相を呈している。
ベルベット旅商団に朝も夜も無い。
あるとすればそれは暗いか明るいか、ただそれだけだ。
「あっ! ティークくんだ!」
「えっ! あっ本当だ!」
「凄いなんかかっこよくなってる……!」
「あの服レミリアが誂えたそうよ」
「センスあるわね」
「おはよう! ティーク君! 寝れた?」
ぽかん……としているセレティナだったが、呆けている内に女衆に取り囲まれたのは言うまでもない。
団内の男達は言ってしまえば身内も同然。これほどの絶世の美男子が――本当は美女だが――獣の檻に放り込まれて無事で済むはずもない。
あれよあれよと人の山に埋もれていくセレティナの光景は昨夜のデジャブだ。
「あ、あのっ……ちょ、ちょっと……!」
揉みくちゃにされるセレティナ。
時折尻や腕を触られる……のは良いのだが、サラシが解けたり女性であることがバレたりしないか……その二点だけが彼女の肝を冷やした。
――ぱん、ぱん!
二回の柏手。
よく通るその音が響いて、セレティナに伸びた手はいずれもが忽ち引っ込んだ。
「貴女達本当にいい加減にしなさい……。ティーク様は客人なのよ?」
半ば……いや、完全に呆れたといった様子のレミリアは頭を抱えて苦言を漏らした。
男女問わず破天荒の荒くれが揃うこの旅商団に於いてヴィヴィシィもそうだが、レミリアの様な節度ある人間とは珍しいのかもしれない。
セレティナは頬を紅潮させたままけほけほと咳を払うと、身形を正してレミリアに向き直った。
「おはようございますレミリアさん」
「おはようございますティーク様。申し訳ありませんうちの者達が……」
「いえいえ、賑やかで良いと思いますよ」
「そう言って頂けるとありがたいです……」
言いながら、レミリアは切れ長の目を更に睨みを利かせた。
そうすると周りの女衆は蜘蛛の子を散らす様に四散するのだ。どうやら彼女らはレミリアに対して力関係で言えば頭が上がらない存在の様だ。
「取り合えず立ち話もなんです。食事を取りながらでも」
「ええ、そうしましょうか」
セレティナはレミリアの申し出にこくりと頷いた。
◇
ふわふわのスクランブルエッグ。
山と盛られたベーコンの脂はぱちぱちと爆ぜている。
こんがりと焼けたトーストには上質な牛酪がたっぷりと塗りたくられ……セレティナはそれをひと口齧る事で自分が空腹であったことに気付いた。
「美味しい」
「ふふ、お気に召された様で何よりです」
周りは今尚お祭り騒ぎだ。
セレティナはこれほど姦しい中で食事を取ったのは今世では初めての経験であり、何となく新鮮な気持ちになっていた。
向かいに座るレミリアはこの光景がいつものことなのだろう。
穏やかな雰囲気のまま、コーヒーを口に着けている。
レミリアはルージュが薄く引かれた唇の形を変えて微笑むと、ぱくぱくと料理を口に運ぶセレティナに問いかける。
「お召し物の方、こちらで勝手にご用意させていただきましたがいかがでしたでしょうか?」
「あっ……遅れて申し訳ありません。こんな高価そうな服をいただいてしまっても構わないのでしょうか」
「構いませんよ。貴方はもう少し小奇麗な格好をしていたほうが良いですもの。それはお礼の品として受け取って欲しいです」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってセレティナはぺこりと頭を下げる。
この衣装はアルデライトの慧眼を以ってしても中々に手が出ない品だ。
レミリアは微笑みを保ったまま、カップを傾けた。
「食事が終わりましたら、お話を伺いましょう。別室にて、頭領もお待ちしております」
「頭領……イミティア、さんが?」
レミリアはゆっくりと頷いた。
「ええ。やはりこういう話は私ではなく、頭領と直接つけていただいた方がよろしいでしょう。頭領も今朝は快調でしたから、ご心配なされることはありませんよ」
……イミティアが目覚めた。
セレティナはごくりと唾を飲み下す。
今世でゆっくりと話すのは、今日で最初なのだから。
不思議な緊張が、セレティナの小さな胸の奥で充満した。