新装束
目が覚めた。
童の様に毛布を掻き抱いて、春の寒さに身を縮める。
瞼は重く、体は貪欲に更なる睡眠を求めた。
しかし惰眠を貪っている場合ではない。
早く起きなくては。
頭ではそう理解して、しかし――。
(……もう少しだけ……)
あと二分。
そう心の中で決めて――
――ぷに。
と、頬を何か細いものが突いた。
「んぇ」
思わず間抜けな声が出て、黄金の睫毛を湛えた瞼を開いた。
すると目の前には少し気弱そうな……青色のお下げを右肩から流した少女が、セレティナの顔を覗き込んでいた。
「ひゃあ!?」
驚いたのはセレティナではなく少女だった。
セレティナの頬を突いていたらしい少女は毬の様にステンと後ろに転がると、またひとつ小さな悲鳴を漏らした。
これにはセレティナの眠気も吹き飛ぶというものだ。
セレティナは毛布を鬱陶し気に振り払うと、ベッドの上から漸く身を起こした。
「……おはようございます。君は?」
朝特有の少し掠れた声も、それはそれでセレティナの妖艶さを昇華させる要素の一つにしかなりえない。
少女はぽうっと少し呆けた顔でセレティナを見て、慌てて自分の態度を取り繕った。
「お、おおはおうございますティークさん。わ、私はあのそのああその、団員のみんなで取り決めましたというかジャンケンの結果と言いますかですねあの、その」
「……落ち着いて?」
「お召し物を! お持ちしました!」
少女はそう言って、ずいとセレティナにそれを突きつけた。
「着替えですか? ……いえ、そこまでベルベット旅商団の皆様に甘えるわけには」
「こっ、これはレミリア様が是非貴方に届けてほしいと仰られたものでありましてあるからしてですね、そのあの、受け取って頂かないと私がその、困りますというか、いえ、困るというのはあれなんですが」
何かしら早口で捲し立てるその少女は緊張からか汗だくだ。
セレティナは小さく息を漏らすと、それを遠慮がちに受け取った。
「ありがとうございます。ではレミリアさんと貴女のご厚意に甘えさせていただきますね」
「あっ……! は、はい……!」
「……」
「……?」
「あ、あの……着替えたいので少し部屋の外へ出て行ってもらえれば……」
ぼん! と少女は顔を赤らめて、「ひゃあ!」と叫んだ。
「あ、あの! そういう下心があったわけとかじゃなくてですね! あの、その」
「分かっていますから。落ち着いて」
「あの、あの、ごゆっくりいいいいいいい!!」
少女はそう言って、びゃーっと外の廊下まで走っていった。
セレティナは少しぽかんとして、それを見送る他ない。
(……気忙しい娘だ)
◇
新しい服は、動きやすい軽装だった。
白を基調としたその服は体のあらゆる動作を邪魔することなく、寧ろセレティナの体の運びを助けてくれていると言って良い。胸当てや脛当て、躱して戦う事を前提に誂えられた様な部分鎧は軽やかだ。
体のラインがぴったりと浮き出ているタイトさ。更には肩を露出したデザインのその服は、どちらかと言えば戦装束と表現した方がいいだろうか。
セレティナはボロボロのキャスケット帽を指でくるりくるりと回しながら、今まで着ていた服を見て嘆息を吐いた。汗や汚れに塗れ、更にはレヴァレンスで急ごしらえしたものだからかなりみすぼらしかったかもしれない。
セレティナはレミリアの気遣いに深く感謝しながら、腰の留め具に宝剣『エリュティニアス』を差し込んだ。
そうして、姿見を見る。
白と黄金のコントラストは見るからに気品が溢れ、部分鎧などもどこか物々しい雰囲気というよりは勇ましさが感じられる。
体のラインが出る装束だった為、少しきつめに胸にサラシを巻いた。
右に左に体を揺らしてみるが、胸の膨らみに気づくものはいないだろう。
(この装束……生地にいい素材を使っているな。多少のダメージならば吸収してくれそうだ)
恐らく竜の髭でも編み込んでいるのだろう。
朝日を受けたその生地の煌めきは、魔法耐性や衝撃耐性も期待できそうだ。
セレティナは今一度体を軽く動かして装束の動きを確かめると、満足気に頷いた。
◇
「はぁ……かっこよかったなぁ~……ティークさん……」
青色のお下げの少女……ヴィヴィシィは悩ましげに溜め息を吐いた。
薄いそばかすの上からはほんのりと朱が差している。
ティークは昨夜から旅商団の女衆を虜にしていたのは記憶に新しい。
気弱な彼女もその中の一人だ。
無論控えめなヴィヴィシィがその思いを口にすることはなかったが。
そんな折、レミリアが今朝『ティーク様を起こしてきてほしい』と旅商団の誰かしらに頼もうとしたところ、戦争勃発。
男性のティークなのだから、男衆にその役目をというのが普通だろうが、気の強い彼女らがそんな美味しい役目を取りこぼすはずもない。
ジャンケンという名の戦いは熾烈を極め、その戦に運よく勝ち残ってしまったヴィヴィシィがこうして尊い名誉を勝ち得てしまったわけだ。
(まさか私が勝っちゃうなんて……どうしよう……姉さまたち怒ってないかな……怒ってないよね……)
先程のセレティナの寝顔を思い出して赤面したり、蒼白したり……ヴィヴィシィは己の内に閉じこもっているのだから気づかない。
「あの……着替え終わりましたけど」
着替え終えたセレティナが、彼女のすぐ傍にいたということを。
(アッ……!)
そして純白の貴公子と姿を変えたセレティナに、声にならない叫びをあげて蒸発してしまったのは言うまでもない。




