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氷の瞳

 


 もはや引きずるように足を叱咤し、街を駆ける。


「お兄様、どうか無事でいて…!」


 セレティナは下唇を噛み締めると、握った小さな拳に更に力を込めた。頭の中には後悔と懺悔、その二つが行き場を失くしてぐるぐると巡っている。


 そも、未だ幼い兄妹で外出などするべきではなかったのだ。猪狩りなど、どうにかしていた。

 無論セレティナには騎士になるという夢があり、その為になら多少の無理を通す事はできる。


 ---しかしそれでも、どうして兄の命に代えられようか。


 猪狩りの危険はもとより、フードで多少の変装をしているとはいえ身分のある子供が街を無防備に歩いて安全でいられる保証なんて無い。


 口の中に、苦くて酸っぱい味が広がった。

 兄の死を想像しただけでマグマのような胃酸が込み上がる。


 セレティナは自らの軽率だった全てを呪い、全力で駆けた。






 *






 そろそろ西の街門が近い。

 そこは目抜き通りより離れ、街の倉庫区に近い為か人気が少なかった。


 セレティナはあるものに目を奪われ、終ぞその足を止める。


 短弓だ。

 短弓が落ちている。


 セレティナは飛びついた。

 拾い、確かめるとそれはやはりイェーニスが持っていた短弓に違いない。


 セレティナの小さな心臓が、とくんと一際大きく跳ねる。

 兄は近くにいる、と確信めいたものがセレティナの中で閃いた。


 落ち着け自分。

 焦るな、こういう差し迫った時こそ冷静たれ。

 英雄オルトゥスが、焦る令嬢セレティナの小さな心臓に冷や水を浴びせる。


 そうすると呼気を幾ばくか整え、いくらかの冷静を取り戻した。


 セレティナは滝のように流れる汗をローブの裾で乱暴に拭い、震える足を引っ叩くと辺りを睨んだ。


 矢が落ちている。

 恐らくイェーニスの矢筒から溢れたものだ。

 矢は驚く事に、イェーニスの行く末を指し示すように、点々と等間隔で転がっていた。


 セレティナは目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。

 ……やがて溜め込んだ空気を細く長く吐き出しながら、彼女の女性らしい睫毛を湛えた瞼がゆっくりと開かれる。

 瞳には、覚悟の炎が静かに揺らめいていた。


 セレティナはポシェットに突っ込んでおいたナイフを取り出すと、力強く握りこんだ。


 この肉体で、初めて命の()り合いになる。


 生前長らく鍛えられた騎士オルトゥスの直感がそう告げている。


「愚かな人攫いよ……お兄様を……。イェーニスを危険に晒したその報い、しかと受けてもらうぞ」


 セレティナが呟く。

 それは冷たく、鋭利で、低く、聞けば誰もが心胆を寒からしめる声音だった。

 それは、およそ十代そこらの少女の放つものでは断じてない。


 ナイフを握りなおし、セレティナは再び駆ける。


 その瞳には焦燥と覚悟。

 それから底冷えするような仄暗い殺気の光を湛えていた。


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