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散花

 

 

 

「はああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 紅蓮に燃える焔の中を、リキテルは駆け抜ける。

 左手に握り込んだククリナイフに、全霊の怒りを溜め込んで。

 

 

 リキテルの中で暴れ狂う怒りの奔流は、自分に向けられたものでもある。

 

 弱い自分になど価値は無い。弟を甚振り殺した魔物に良い様にやられている苛立ちが更にリキテルの怒りを加速させる。

 

 

 何が自分をこうさせた。

 

 リキテルは怒りの果てに三つの答えを見出した。

 

 一つ目は自分の弱さ故。

 二つ目は魔物の存在そのもの。

 そして三つ目は、奴らを産み落とした魔女共だ。

 

 

 リキテルは、それら三つを決して許しはしない。

 

 

 昂ぶるのだ、火照るのだ。

 自分の弱さや魔物を見ると、体がむず痒くて仕方が無くなる。

 

 それは、昂ぶった性欲に近しい。

 怒張したものを鎮めるには、己の勝利と魔物の屍を積み重ねる事でしか為し得る事は出来ない。

 

 火照って、火照って、火照って、どうしようもない。

 自分の強さを再確認することでしか快感を得る事はできはしない。

 

 

 左腕は、溶け始めている。

 精霊の加護を受けたその鎧が、何とか『死を纏いて黒(リヴェ・ゼディア)より出づる者(・イギーベディー)』の炎を和らげているがそれももう限界だ。

 

 

 肉はどろりと溶け落ちて、剝き出しになった骨が炙られる。

 

 それでも、リキテルの殺意は止まらない。

 全てを失い、咎を背負い、憎しみと快楽だけに生きた男は刃を振るう事でしか自分を肯定できないのだから。

 

 

 

「おあああああああああああ!!!!!!」

 



 殺さなければ生きていけない。

 強さ無くして夜は眠れない。

 己を慰める為の刃は、ただひたすらに真っ直ぐ『死を纏いて黒(リヴェ・ゼディア)より出づる者(・イギーベディー)』の喉笛を捉えた。


  刃が、肉を抉る。


 リキテルは更に一歩前へ。

 全身が、焦げ据え、溶け始める。

 構わない。


 更に踏み込む。

 後退など、有り得ない。



 肉を裂く感触に、リキテルはどうしようもなく高揚した。

 勝ちを確信したのだ。



 これでまた一つ、弟の墓前に魔物の首を並べられる。

 これでまた、自分の強さを認識できた。


 もう、弱い自分じゃない。

 もう、奪われるだけの人間じゃない。



 リキテルは腹の底から雄叫びを上げると、そのまま黒山羊の喉笛を横に裂いた。

 刃が劣化していようとも、今度は詰まる事はない。



 黒山羊は、怨嗟の声を上げる。

 致命傷だ。

 断末魔は凡そ堪え難いほどの不気味さを孕み、リキテルの鼓膜を食い破った。


 裂かれた喉笛からは夥しいほどの血が噴出している。

 どぼどぼと遠慮なく吐き出される黒々とした血は、リキテルの体をどうしようもなく穢しつづけている。


 黒山羊はそのまま倒れこむ様にリキテルの体を掻き抱いた。




「んぁ……?」




 朦朧とした意識の最中、リキテルは黒山羊の四肢がぶくぶくと膨れ上がるのを目撃してしまう。


 肉体に亀裂が走り、その隙間からは目を覆いたくなる程の光と熱が溢れ出しているのだ。





(これは……やば……)




 危険を察知したリキテルがその体を引き剥がそうとするも、既に遅い。


死を纏いて黒(リヴェ・ゼディア)より出づる者(・イギーベディー)』はその身を限界まで膨れ上がらせ、そして__







 __爆発。







 果てのない閃光と獄炎の花が、ウルブドールに咲き誇った。







 ◇







「……ほーう。一人で『上級』二体を狩る、か。中々見所があったじゃないか、あの若者は」



 小高い尖塔の屋根でそう零したのはオーバンス将軍だった。


 天高く咲いた爆炎の花を、それは楽しそうに見ていた。


 彼は『死を纏いて黒(リヴェ・ゼディア)より出づる者(・イギーベディー)』の首をその右手に提げて、獰猛に笑う。

 左手にしかと握る巨剣には、夕焼けの橙と黒山羊のぎっとりとした血が湛えられていた。




 ウルブドールの空より来襲した三体の『上級』は、リキテルの死とオーバンス将軍の巨剣によって葬られた。



 既に夕空に星が瞬き始めた時のことであった。









 ◇








「リキテル……?」



 赤く燃える熱波は、遠く離れたセレティナの柔らかな肌も認識した。

 群青色に煌々と映るその炎を、彼女は呆然と眺める事しかできない。


 あれは、確かに先程まで自分達がいた場所に間違いは無かった。

 セレティナを抱きかかえるユフォとヨウファもそれに倣うように振り返る。



 今まで受けてきた『死を纏いて黒(リヴェ・ゼディア)より出づる者(・イギーベディー)』のどの攻撃よりも異質な炎に、セレティナの心は嫌でもささくれ立った。



「あれは……」


「行くよ」



 セレティナの言葉を待たずして、ユフォは再び駆け出した。


 しかし、その腕から逃れようとセレティナは暴れ狂った。

 貧弱な抵抗に、ユフォは毛ほども揺るぐ事はない。



「分かっているはず」



 ユフォは、それだけ言った。

 非情さと優しさが孕んだ、彼にしては僅かに感情の揺れが見える声音だった。




 __分かっているはず。





 セレティナは抵抗をやめ、顔を伏した。



 戦士との別れとはいつの時代も突然で、取り止めがない。


 セレティナはいつまでも慣れぬその胸の痛みを、しかと魂に刻み込んだ。







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