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リキテル2/4




リキテル少年には剣の才能があった。

……『才能があった』というには、言葉が少し弱い。


百年に一人の天才、というチープな言葉は、しかしこの少年にあるようなものだ。

誰からも師事を受けず、碌な食事も取れず、痩せっぽちの少年にはしかし目に余る程の才が眠っていた。


ゴミ山の中から拾い上げた一本の錆びたナイフを持てば、その小さな少年は何だってやり遂げられた。


一本のナイフが、彼に小さな羽を授けたのだ。


しかしその天賦の才を殺しや盗みには決して使うことはなかった。

弟に口酸っぱくそれだけは止めろと釘を刺されていたし、捕まって処刑されるのが嫌だったから。

そうでなくても犯罪なんて犯した日には彼らの名目上の親に殺されることだろう。



『下級』の魔物程度なら退けられたし、下手な大人なら彼の敵ではない。



仮説だが、もしもリキテルという少年が幼い頃から達人に剣のイロハを直接師事され、適切な訓練と適切な食事、そして適切な環境を与えられていたのなら、きっと彼の成長の暁には歴史に燦然と名を残す英傑達に並び立つ……いや、それ以上の剣豪になっていたことだろう。



しかし、それはもしもの話だ。



この残酷な世界で、必要十分な環境の中にある人間などほんの一握りなのだから。



「……フゥー……」



リキテル少年は、小さく息を吐いた。

ぼんやりと、何もない平原を眺めてはそれの繰り返しだ。


くちゃくちゃと噛み潰している葉は青臭いだけで彼の胃袋を満たすには至らない。


しかし唾液は分泌されるので、空腹が紛れているような気がしないでもない。


紛れていなくても、何かを噛んでいなくては空腹で気が狂いそうだった。

リキテルは硬い葉脈の一つ一つを丹念に噛み潰していく。



「……お」



空腹の余りに意識が朦朧とし始めたところで、お目当ての人間達が姿を見せた。


何も無い平原に、鎧を着こんだ重装備の男四人組。

あの身形は誰がどう見ても『冒険者』だ。


リキテルは岩の上からひらりと舞い降りると、冒険者達の元へと急いた。



「なぁお兄さん達、俺と取引しないか?」



リキテルが声を掛けると、冒険者達は酷く驚いた様子だった。



「こんなところに子供……!? お、おいここはもう汚染域の筈だよな?」


「あ、ああ。しかし何だってこんなところに……。おいボウズ、迷子か? ここら一帯は魔物の生息域だ。ここに居たら危ないぞ。どこから来たんだ」



リキテルは首を横に振った。



「迷子違う」


「……?」


「お兄さん達買ってくれない?」


「……おいおい男の花売りか? こんなところでこんな子供が……」


「いや違う違う。あれ」



リキテルは肩を竦めて自分がさっきまでいた方向を指差した。



「あれ……? んなっ!?」



そこには、黒い山が一つ形成されていた。

こんもりとリキテルの背丈ほども積み上げられたそれは、既に独特の腐臭を発し始めている。



「あ、あれは魔物の死骸じゃないか!」


「俺らが討伐依頼を受けていた餓鬼型の『下級』だよな……?」


「ひぃ、ふぅ、やぁ、とぉ……おいおい十五体もいるぞ」


「ありゃあ、どうしたんだボウズ」



目を剥く四人に、リキテルは自分を何度も指差した。

俺、俺、と。

にっこりと人好きの良い笑みを浮かべながら。



「お前がやったっていうのか……?」


「そうだよ。冒険者は魔物を殺すのが仕事だろ? だから俺が殺したこいつらの手柄はあげるからさ、買ってくれない?」



リキテルの無邪気な口ぶりに、男達は顔を付き合わせた。

彼らの目に宿るのは憐憫と懐疑……。


まずリキテル程の子供が魔物を殺すなど有り得ない事だと彼らは判断する。


その判断の下、恵まれぬ乞食の子供はこのような汚染域に出向いてまでこうした詐欺をしなければ食いつなげないのかという哀れみと、これだけの魔物を狩っている組織がこの子供を使って悪どい銭稼ぎをしているのではないかという疑心が綯い交ぜになるのだ。



「……」



リーダー格らしい男は一歩前へ出ると、少年と目線が合うように身を屈めた。



「ボウズ、いつもこんな事をしているのか」


「うん、今日は少ない方だけどな」


「……いくらだ?」



対するリキテルは、彼ら五人を値踏みするような心境だった。

見たことのない新規の冒険者は貴重だ。


リキテルの成果を安く買い叩く常連達と違って、新規はまだ値の交渉の余地があるからだ。

普段なら魔物ひと山で精々銅貨一枚といったところだが……。



「銅貨四枚。銅貨四枚で譲ってやる。……どうだ?」



その提示は、リキテルにとって賭けだ。

足元を見るなと殴られる可能性も考慮していた。


だが、ここは賭ける時。

ティークとせっせと積み立てていたヘソクリはもう僅かだ。

塩スープと痩せ芋だけでは飢え死ぬ事は彼らだって分かってるから、どこかで自分達で食費を捻出しなければならない。


新顔の冒険者がこんな辺境にやってくることなどそうそう無い。

だからここは少し冒険してでも、値を釣り上げるべき。



(どうだ……?)



チラリと盗み見るリキテル。


対する男と言えば、絶句していた。



(銅貨四枚だと……?)



それは、余りに安すぎるからだ。

冒険者組合でこれだけの戦果を報告できたなら銀貨十枚には相当する。


幾らへりくだった価格を提示しようとも、銅貨四枚は余りにもな値だ。


子供は冒険者に登録する事はできない。

魔物一体に対する適正なレートを教えられず、安く買い叩かれ続けていたリキテルには、自分が築いたその死骸の山の価値がまるでわかっていないのだ。



「……」



リキテルは真剣な眼差しを保ったまま、指を四本突き出している。

男は暫く逡巡すると、



「……ボウズ、これだけくれてやるからもうここには来るな。いいな?」



リキテルに、銀貨一枚を握らせた。



「えっ! えっ! いいの!?」



喜色に華やいだリキテルの表情はまさに年相応の子供の無邪気なそれだ。

男は鷹揚に頷いた。



「……ああ。良い。だからもうこの汚染域には来るな。分かったな?」


「うん、うん! 約束する! おっさん、サンキュな!」


「おっさんじゃない、まだお兄さんだ!」


「そんなことどっちでもいいよ! 俺、弟待たせてるから! じゃあな!」



そう言って、リキテルは旋毛風の様にその場を去っていった。

手にキラキラと輝く銀貨を握り締めて、彼は帰りに弟にどんな食べ物を買って驚かせてやるか、もうそれしか頭にないのだから。



「……うっし。俺らも行くぞ」


「この魔物の死骸は?」


「放っておけ。あのガキの後ろに何かいる事を想定するなら手をつけないほうが良い。俺らは俺らで別で狩るぞ」


「……じゃあ何で銀貨一枚もくれてやったんですか」


「子供ってなぁな、幾ら薄汚れていようが金が無かろうがこんな糞みたいな場所にはいちゃならねぇんだ。汚染域に生きるのは俺ら糞みたいな冒険者と魔物だけで十分よ」


「でもあの子供、きっとまたここに来ると思いますけどね」


「そんな事は知らん。俺は俺の前で許されねぇ事が起きてるのが嫌なだけだ。視界の外ならあのガキが死のうが生きようが知ったことではない」


「……良い人なんだか悪い人なんだか」





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