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天使と鬼

 


 セレティナとリキテルを乗せた馬車は、漸く止まった。目的の場所に着いたようだ。


 窓からは差す光は既にだいだいを帯びている。


 夕暮れは、ウルブドールで最も豪奢なやかたのクリーム色を暖かな色に染め上げていた。




 貴賓館。

 王族や貴族……止ん事無い身分の人間を迎え入れる事を主としたその館は、その気品ある風体と違って物々しい様相を呈していた。


 門周りは勿論の事、中庭や、中へ侵入できそうな経路を虱潰しにする様に鉛色の鎧を着込んだ衛兵達が巡回している。


 腰に大層な剣を下げ、いかめしい頭鎧ヘルムまで被った男達がそこかしこを巡回しているこの地に踏みこもうとする者は決していないだろう。


 いるとするならば、愚者か、余程腕に自信がある者だけだ。


 セレティナは、しかし軽く溜息を吐いた。



(……勿体無い)



 中庭にはあんなにも綺麗な花々が咲き誇っているのに、物々しい男達の所為で美しい景観を損ねてしまっているからだ。


 これは彼女の中にある『騎士』としてでの精神では無く、『淑女』として育まれた価値観がそう思わせている。


 非常時なのは重々承知しているし、暴徒と化した市民がここへ雪崩れ込まない為の警備だとも分かっている。


 だが、その景色を平和な時に見たかった、というセレティナの細やかな願いが彼女に溜息を吐かせてしまった。



「どうした。着いたぞ、ティーク(・・・・)


「……ああ、分かっているよリキテル」



 馬車の扉は既に開かれている。

 セレティナは大袈裟に肩を竦めると、既に降りているリキテルに倣って馬車を降りた。



「何を見ていたんだ?」


「庭園だ。美しく咲いてるなと思って……見事なものだな」


「ふぅん……男にはよく分からん感性だ」


「……おい」


「……あぁ、そうか。男だったなお前も」



 リキテルの腰の辺りを肘で突っつき、セレティナはじっとりとした視線を浴びせた。


 しかしリキテルはどこ吹く風だ。


 何処までも飄々とした態度を被っている彼は、口笛でも吹きそうな足取りで貴賓館へと向かっていった。






 *






 貴賓館の館内は、やはり豪奢そのものといった内装だった。


 そこを歩く者に対して有り余る富を誇示したくて堪らない……その様な圧さえ感じられる廊下には、ずらりと絵画や調度品が飾り立てられている。


 セレティナの住む屋敷とて同じ様なものだとは思うが、そうではない。

 収めるべきところに収め、最もその品々が印象的に映える様に並べられた彼女の屋敷と違って、この貴賓館は『品』が無い。


 盗賊がくすねてきた金品を勲章としてそこいらに陳列する様な、そんな不細工ささえ感じられる。


 淑女としての品格と教養を磨き上げてきたセレティナにとって、この貴賓館には些かの不満さえ覚えてしまう。

 何にせよ、彼女にとってこの貴賓館は趣味が悪い……という印象だった。



 前を行くリキテルは呆けながらそれらを見ているようだが。



 兵士に連れられた二人は、長い廊下を歩いていく。ふわふわの絨毯は踏み締めると心地良いが、きっと平民の感性を持つ者程それを踏む事を躊躇してしまうだろう。



 三分程歩いただろうか。

 目的の部屋に到着したらしい。



 兵士がは立ち止まり、三度その部屋の扉をノックする。



「オーバンス将軍。件の『天使』をお連れ致しました。入室の許可を」



 ハキハキとした声は、よく通った。



「また『天使』言われてら」


「……黙っていろ」



 セレティナは茶化すリキテルの爪先を踏んづけた。……軽過ぎて少しのダメージにもなってはいないが。



 中からは、低く落ち着いた男の声が帰ってきた。


 それを受けた兵士は、ゆっくりと扉を押し開く。





 部屋の中には都市長エルバロ、厳しい青銅色の鎧を身に纏ったオーバンス将軍、それから冒険者組合長のエティックが一つの大きなテーブルを囲んでいた。


 テーブルの上にはウルブドールとその周辺を示した大きな地図が置かれ、兵を示しているのだろう模型がそこに散らばっていた。




「やぁ、待ち兼ねていたよ」



 朗らかにそう言って喜色を示したのはオーバンス将軍だった。

 鎧を鳴らしながら席を立ち、セレティナとリキテルに手を差し出した。


 セレティナはその手を確と答え、固い握手を交わした。




「こちらこそ一介の冒険者である私めらを斯様な場所に御招き頂き恐悦至極でございます、オーバンス将軍。その慈悲深き心遣いに、感謝を」


「随分と礼儀正しい冒険者もいた者だな……。私も君に会えて嬉しいよ。『天使』……では無かったな、あー……と……」


「ティークと申します。こちらは相棒のリキテル」



 セレティナが紹介すると、リキテルは少し不満気に「……っす」と会釈した。

 どうにも兄貴分と紹介されなかったのが不満らしい。

 ここは先に相棒と言ったセレティナの勝ちだ。


 オーバンス将軍は握手を解かすと、少し不躾だが、ゆっくりとセレティナを眺め回した。

 下品ではない、何か探る様な視線だ。



「『ティーク』……か。なるほど、君は男性か」


「女性だと?」


「ああ、天上の美しさを誇る『天使』が戦場に現れた、と聞き及んでいたものでな。しかし成る程、納得の美しさだ。君の様な貴公子は初めて見たよ」


「お褒めの言葉、恐れ入ります」



 そう言って、セレティナはにっこりと人好きの良い笑みを浮かべた。

 普段であれば男性を虜にするその笑顔は、今ではどの様な女性をも虜にするものとなっている事だろう。





「ウ、ウルブドールを救った『天使』がお前か!? まだほんの子供じゃあないか!」



 ひっくり返った様な叫びは、突然だった。

 余裕の欠片も無いその叫びを上げたのは、若き都市長エルバロ。


 彼は余程『天使』に期待していたのか、明らかに落胆を隠し切れていない。

 自分の財と地位を築いたこの都市をなんとか守ってくれる戦士か魔法士がいるのかもしれない……。


 という淡い期待を抱いていた矢先に現れたのが齢十四の少年ならば、その反応も致し方ないだろう。


 エルバロは、髪を掻きむしった。




「こんな子供が魔物共を退けられるわけないだろう! オーバンス将軍、嘘の情報を摑まされたな!」



 叫ぶエルバロ。

 オーバンス将軍は浅く息を吐くと、やれやれと言った風に肩を竦めた。



「すまないねティーク君にリキテル君。彼は今少し情緒不安定なんだ。自分の都市がこの様な状況になっているのだ、少しは容赦してやってほしい」


「……いえ。尤もな事かと」


「はは。だが、彼の言うことも確かに一理ある」



 オーバンス将軍は朗らかに笑いながら、壁に立て掛けられていた巨剣を手に取った。

 柄を手に馴染ませ、鞘から剣身を引き抜いた。


 ……龍の鱗の様な粗目を施された剣身は、見ているだけで肝が冷えあがる。


 オーバンス将軍は、ゆっくりとそれを上段に構えると。




「オーバンス将軍? 何を--」





 セレティナの言葉を待たずして、彼はセレティナの眉間目掛けて真っ直ぐに巨剣を振り下ろした。




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