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芳しい果実

 





「親父、これはなんだ」


 イェーニスは露店で買った九本目の肉串を頬張りながら、その店の前で立ち止まった。

 様々な果実が棚に置かれている中、イェーニスはひとつの極彩色の果実を指し示す。


 それはセレティナも見た事がない果実だった。

 まん丸で七つの暖色が渦を巻くように彩り、セレティナの小さな手のひらに収まるほどの果実だ。


 頭にタオルを巻いた髭面の露天商はガシガシと頭を掻くと、


「そいつはペレタっつぅもんでな。食用じゃねぇ」


「食えないのか?」


「食えないことは無いがな。そいつは皮を剥いたり潰したりすると中々に強烈な匂いが出るんだ。強烈っていっても香りがいいから主に女物の香水の原料に使われる」


 セレティナがすんすんと小さな鼻を鳴らすと、確かに甘くて芳しい香りが鼻腔に広がった。


「良い香りですね」


 セレティナが目を細めると、親父は気恥ずかしそうに腕を組んだ。


「良い女っていうのは大体ペレタの香りを好む。嬢ちゃんは将来良い女になるな」


 楚々と笑うセレティナに、やはり親父は気恥ずかしそうにサムズアップしてみせた。


「……ふぅん」


 と、イェーニスはペレタをひとつ手の中で転がすと親父にそれを突き出した。


「一個くれ」


「さっきも言ったがそいつぁ食えねぇぞ」


「妹が気に入ったみたいだからな。一個記念に持っておくのも悪くない」


「そうか。一個銅貨二枚だ」


「貰おう」


 さんざっぱら小遣いを使った後なのにまた無駄遣いして……と、セレティナは思ったが自分の為に買ってくれる兄を悪くは言えなかった。


「お兄様、私の為にありがとうございます」


「おう、これでちっとは俺の事ソンケーしろよな」


「…………」


「おい」


 そんなやり取りもありながら、セレティナに手渡されたペレタはやはり甘くて良い香りだった。セレティナは僅かに頬を緩める。


 ……やはりこういう所は女がでるのだろうか、男であった頃はからきしだったこういった女性らしいものにも興味感心を示してしまうらしい。

 どうにも肉体に引っ張られるらしく、彼女オルトゥスは若干ヤキモキしながらもペレタの香りを楽しんだ。


 そんな事を考えている中、イェーニスの背中がぶるりと震えた。


「やべ、セレティナ。ちょっと時間いいか?」


「……どうしたんです?」


「おしっこ。速攻で終わらせてくるからちょっとだけそこの噴水の前で待っといて」


 すぐ戻ってくる!

 そうにべもなく言い放つと、イェーニスはそそくさとその場を後にした。人混みに紛れ、その背中はすぐに見えなくなった。


 ……あの兄はもう少し落ち着かないものだろうか。

 セレティナは僅かに微笑んで、ペレタをポケットの中に突っ込んだ。






 *






 ……遅い。


 セレティナは短く息を吐いた。

 イェーニスがトイレに行ってから、そこそこの時間は経ったはずだ。それでも兄の姿は一向に見える気配が無い。


 どこかでまた買い食いでもしてるのか、それとも……。


 一抹の不安が胸の内に過ぎり、セレティナは腰掛けていた噴水の淵から立ち上がった。


 探そう。

 見つからなければ大事だ。

 しばらく探して、居なければまた噴水広場に戻り確認すれば良い。


 ……杞憂であれば良いが。


 セレティナは深くフードを被り直すと、足早に目抜き通りを目指した。


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