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イミティアの災禍3/4



 

「イメージを」



 オーティンは静かに告げる。

 周りを揺蕩う光の珠は、彼の指示を望んでいたようにイミティアの周りへ流れていく。



「イメージ?」



 小首を傾げるイミティアに、オーティンは頷いた。



「そう。イメージだ。僕は君の頭の中を覗けるわけじゃない。だから君の想い人に対するイメージや想い……そうだな、印象的だったシーンを教えてくれると嬉しい」


「なるほど」


「名前は言わなくても良い。まず、君にとってその人は、どういう人なんだ?」



 光の珠が、明滅を始める。

 イミティアは、オルトゥスを思い浮かべると、あくまでも素直に語り始めた。



「あいつは、紛れもない英雄だ。強くて、でかくて、一本気。弱きを救う、本物の英雄さ」



 翡翠の外套を従えた、漆黒の偉丈夫。

 その背中の広さを、安心感をイミティアは思い出していた。



「でも、だからこそあいつは孤独なんだ。守るべき者の為なら、文字通り身を粉にできてしまう……。なあ、それってあたしはおかしい事だと思うんだ。見も知らない人間の為に、脇目もふらずに自分の命を投げ打つ事がどれほど異常な事かあいつは分かっていない。……ううん、あいつはそもそも自分の事を大切に思ってなんかいないんだ」



 偉丈夫の背中は、どんな災厄だろうと打ち砕く重みがある。

 されどその背中に触れようとした瞬間、霧となって消えてしまいそうな……そんな危うさが同居していた。


 だからイミティアは語る。



「あいつは、寂しい奴だ。人に囲まれてはいても本当は孤独なんだ。そのクセ、その孤独を分かってやれるやつなんか周りにはいない。……だからあいつは、悲しい奴だよ」



 なるほどね。

 オーティンは頷くと、ブラシを指揮棒の様に振るった。

 光の珠はそれに釣られるようにキャンバスへ吸い込まれていく。

 キャンバスが一瞬の輝きを放つと、彼は今一度頷き、視線をイミティアへと戻した。



「その孤独は、君なら分かってやれると?」


「……そんな大それたことは言えない。でも、側に寄り添うことくらいならあたしにもできるはずだ」



 イミティアは、真っ直ぐにオーティンの視線を見据え返している。

 真を語る瞳は、少しのブレもない。


 オーティンは満足気に目を細めると、次の質問へと移った。



「君と彼の出会いは、どんなものだったんだ?」


「あたしとあいつの出会いか……」


「思い出せないか?」


「……いや、それはもう強烈な出会いだったさ。強烈で、鮮烈だった」



 イミティアは僅かに笑うと、瞼を落とした。

 今でも、彼女はあの日を鮮明に覚えている。

 瞼が落ちれば、鮮明に思い起こせるほどには。



「あたしは、奴隷だったんだ」


「それは…」



 イミティアはそう言って、右手の革のグローブを外して見せた。

 手の甲には、生々しい焼印。

 そこに込められた隷属魔法は剥がれていても、焼印の痕はしっかりと刻まれていた。


 オーティンは、ここにきて初めて動揺を見せた。



「驚いたな……隷属魔法の焼印か……それは僕に見せても良かったのか」


「いい気はしないが、過ぎたことだ。それにあたしはヤンチャだったもんでね。買い手に気に入られることはなかったから売れなかった」


「つまり……」


「……ああ。あたしはいつもの檻に入れられてた。ションベンの臭いがするクソッタレな檻にさ。そのとき、あいつが現れたんだ。そりゃあすごかったよ。身の丈以上もある大剣で用心棒共をあっさりのしちゃってね。あたしの檻を力尽くで引き千切っちまった」



 今思い出しても、苦笑する。

 規格外の戦闘力に、眩いばかりの正義感。

 当時の王国であっても、奴隷制度は廃止されている。

 しかし裏社会では殆ど暗黙の了解で執り行われていたし、禁術とされる人への隷属魔法の使用も常だった。


 王国の『裏』の勢力は強大で、誰であっても近寄ろうとはしないし、できない。

 だが、当時のオルトゥスはやってみせた……それも、単独で。



「あたしはあいつに救われた人間の中の一人に過ぎない。自由の身となって、再び会ったときにあいつはあたしの事なんか覚えちゃいなかったさ。年間、どれだけの命を救っているか分からないからそれも当然なんだけどさ」



 ふぅ、と息を吐くイミティアの感情に憤りはない。

 寧ろ、彼を語るのが楽しくて仕方がない……そんなところだろう。

 彼女に生えた灰色の尻尾は、ゆらりゆらりと左右に振れていた。



「救われたから、その人を好きになったのか?」


「……さあな。あたしは狼種の獣族だ。強い雄に惹かれるのは当たり前なのかもしれない。……でも、何度も会って、会ううちにあいつの寂しい一面を何度も見ていたことも大きいだろな」


「なるほど。君は……愛しているんだね、彼を」


「ああ、愛しているとも」



 そう語るイミティアは、堂々としたものだった。

 愛を語る彼女には、一片の淀みも濁りもない。

 愛を語る内に、彼女自身の胸の内もぽかぽかと温まるようだった。



 そうして光の珠は、やがて収束する。

 キャンバスは光り輝き、オーティンの描くブラシは暖かな光の軌跡を描いた。


「……質問に答えてくれてありがとう。出来たよ」


「へ……もう? わっ」



 部屋に、闇が訪れる。

 オーティンが再び柏手を打つと、カーテンが走り、半球場の部屋にたっぷりと日光が降り注いだ。

 次いで潮の風が香る。


 オーティンはイミティアにキャンバスボードを向けてやった。

 ……そこには。



「わぁっ……!」



 イミティアの思い描く、オルトゥスの微笑みがあった。

 優しくて、少し寂しそうなあの微笑み。

 純白の鎧は、彼の弱さを押し隠す様に光沢を放っている。


 それは紛れもない、イミティアの見たオルトゥスだった。






 *






 オーティンはイミティアを見送った後、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

 描いたキャンバスは魔法で掌で握れるほどに小さくし、ロケットに嵌め込んで彼女に手渡した。


 驚くほどの金貨を積まれたオーティンはやんわりとそれを断ったが、内心少し貰っておきたかったというのもある。


 背もたれにゆっくりと体重を預けると、ぎち、と木椅子が小さく鳴いた。

 マグカップを傾け、イミティアの顔を思い出す。


 感激で高揚した彼女の瞳は、子どもの様に爛々と輝いていて、それは宝石箱のようだった。



『恋が必ず実る不思議なロケット』



 それを注文しにくる客は、皆そのように破願して帰っていく。



「恋が必ず実るロケットね……」



 彼らの言葉を準えて、オーティンは自嘲気味に笑った。



「……実るさ。こんな国の端の何にもない町まで、荒唐無稽な噂を信じてやってくる純粋無垢な愛が実らなくてなんとする」



 ここは、エルハイム聖教国の何もない町『イールエスタ』。

 無名の魔法絵師オーティンのアトリエまで来る人間は、皆曇りない愛を携えてロケットを注文しにくるのだ。


 今日もまた一人、純粋な愛を秘めた狼が彼の元にやってきた。

 ただ、それだけの話。




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